明治7年製・・・森琴石の「地球儀」

2022年2月12日 更新

 

新発見

明治7年
森琴石 ”地球儀” を銅鐫していた
 (現時点で)最も古い銅版作品か!

 

:  
森琴石の地球儀出現!(明治8年製)、同年実父は紙風船折り畳み地球儀を制作か? | 森琴石 What’s New (morikinseki.com) に関連します

 

 森琴石の著書や銅版資料
   まだまだ新しい発見がありそうです!!

 

★情報ご提供者
陳 捷氏東京大学大学院 人文社会系研究科 アジア文化研究専攻 教授)

旅する書物を追って中国から日本にやって来た研究者。| UTOKYO VOICES 082 | 東京大学 (u-tokyo.ac.jp)

北京大学中国語言文学系修士課程を修了後、同大学で専任講師を務め、1994年に来日。慶應義塾大学附属研究所斯道文庫、東京大学東洋文化研究所で研究に従事し、1995年東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東アジア思想文化専門分野)博士課程に入学。2001年博士号取得。日本女子大学人間社会学部文化学科助教授や国文学研究資料館研究部教授などを歴任し、2017年より現職。日本と中国の書籍文化・学術交流史を研究している。

★今春、陳捷先生 及び 呉 孟晋先生(京都大学人文科学研究所 准教授)のお二人が、
「来泊清人と森琴石」をテーマにした論文を発表されます。

 

情報源
国立国会図書館図書局書目 納本之部坤 内務省図書局 1883

森琴石の地球儀
明治7年 1基
明治8年 2基

 

画像(国立国会図書館 次世代デジタルライブラリ―)

左頁5番目                     右頁 8番目
 銅鐫翻刻 地球儀 森琴石校正 明治8年刊      銅鐫翻刻 地球儀 森琴石校正 明治7年刊
6番目
  地球儀 
森琴石校正 明治8年刊

森琴石 地球儀

 

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森琴石と地球儀

 

地球儀
明治8年製

森琴石の地球儀出現!(明治8年製)、同年実父は紙風船折り畳み地球儀を制作か? | 森琴石 What’s New (morikinseki.com) に記述しています

森琴作成作成の小型地球儀 明治8年刊
【サイズ】高さ約19cm 幅約10.5cm    箱入り

森琴石地球儀 明治8年  奥付

 

地球儀奥付

森琴石地球儀 奥付

 

 響泉堂刻書誌

明治10年5月新鐫
菅野菊誉訳『万国地誌略字解』表紙

 

情報源
響泉堂銅版貼交帖
画像ご提供=熊田司氏(美術史家・前和歌山県立近代美術館館長)

画像
明治10年5月新鐫
菅野菊麿訳『万国地誌略字解』

響泉堂銅版貼交帖肖像2a

 

 

 

 

 

 

⇖ 国立第5銀行  手形引替書の試摺

左上の画像を拡大したもの

 

・・・世界地図、地球儀で授業~教師は外人か?・・・

響泉堂銅版貼交帖肖像2a - コピー - コピー (2)

発兌書林 松永伝兵衛 田中万助
河内国若江郡八尾村第22番地
大阪第一大区高麗橋2丁目16番地

大坂南本町4丁目 響泉堂刻


メモ
『森琴石作品集』の末尾にある年表の中
明治6年の項目には、東京に行き高橋由一に西洋画法を学ぶ、
大坂洋学校の…訓導…を任命される(この分再検証が必要)・・・とある

個人の見解ですが、森琴石の周辺には教育者や科(化)学者、医学者(外人を含む)ら多様な職業の人物がおり、次世代を担う若人には、広く世界を知る必要があると、(地球儀)を手掛けたのでは?とも思われる。

 

★尚「響泉堂銅版貼込帖」は森琴石の”維新の貴重な情報源” です
例 渋沢栄一が開業した「大阪第一国立銀行」の小切手試摺,
明治6年5月、薩摩(指宿)の豪商 浜崎太平治(第8代目)が発起人となり、大阪で開業した{国立第五銀行}の手形引替書の試摺、三井銀行の証券試摺など銅刻している。
⇒周辺に、日本、大阪などの経済界をけん引した
人物の存在がありそうだ。

 …第五国立銀行 参考=2502_p071.pdf (kyushu-u.ac.jp)

 

 

 

 

 

 

 

 

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森琴石とキリスト教:ニコラス・マクラウド著『日本古代史要約 挿図集』…森琴石,肖像画を担う 

2921年12月18日 更新

 

森琴石とキリスト教

ニコラス・マクラウド著
『日本古代史要約 挿図集』(明治11年)
  森琴石,  肖像画を担う

 

・・・・・・・・・
耶蘇誕生図…口絵=森琴石刻
『新約書伝』(明治13年)

『新約書伝』 (扉 明治13年) 『新約書伝』  口絵‐耶蘇誕生図‐(明治13年)

響泉堂書誌 聖書にも及ぶ
『新約書伝』…「キリスト誕生図」は森琴石刻 | 森琴石 What’s New (morikinseki.com)
塾生「河村学而・米津菱江」=明治初期 大阪のキリスト教会創設メンバーだった
森琴石塾生「河村学而」=成瀬仁蔵の妻の叔父
森琴石塾生「米津菱江」=画家、教材製作、宣教師として活躍

           

ニコラスマクラウドの著書
『Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan』, Including  Illustrations to the Guide Book, Collected and Arranged by N. McLeod      ・・・・・・・Published by Kioto (Kiyoto), 1877

 ニコラス・マクラウド著
『日本古代史要約 挿図集』肖像画 

  『森琴石作品集』銅版画編の肖像画と 一致
・・・・・・・    
・・・熊田司氏蔵「響泉堂等銅版画貼込帖」肖像画と 一致

 

ニコラス・マクラウドとは
●スコットランド出身の宣教師で
日本政府の用命で日本各地を巡る(12年間)…慶応3年頃~明治11年はじめ

 

●1875年(明治8年)
初版
『Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan』を出版

“日本人がイスラエルの失われた10支族の子孫である”
  という持論をまとめ長崎で(日の出書房)出版、スコットランド自由教会の
”ウィリアム・マッケンジー” に献辞した。 (マッケンジーの肖像画は下方)

     自由教会(Free church)
      国教会に対し、教会の自立を確保した教会。
      日本のプロテスタントは、主に自由教会の宣教師によって伝えられた。
・・・・・・・(ウェブリオ)

●3年後
1878年(明治11年1月)
・・・第2版
・・・ 銅版画を多数挿入し『Illustrations to the epitome of the ancient history     of Japan Including  Illustrations to the Guide Book,
・・・・・Collected and Arranged by N. McLeod
を京都で出版、

日ユ同租論の元になる書誌として、後年世界中に知れ渡る。
・・・(日ユ同租論については、下方の備考をご覧ください)

現在、日ユ同租については、遺伝子学的には完全に否定されています。
一方、日本の神道とユダヤ教では共通点があるという説があります。
・・ 『日ユ同祖論』の根拠?ユダヤ教と日本の神道の10の共通点 (urarekishi.com)

●第2版の序文

ニコラス・マクラウドは、
   挿画の銅版画が
   銅版画コレクションとして価値がある と 記述

●森琴石は維新前後の人物肖像図を担ったが、写真を基に銅刻したと思われる。
アイヌ像・副島種臣・鍋島直正・松本良順
・徳川亀之助(家達)・水戸民部卿(後の徳川昭武)など。

●写真はニコラス・マクラウドが提供したものと思われ、マクラウドの周辺の人物をうかがい知る事ができそうです。

●肖像画は、維新の写真史とも関連する可能性があり。その一人に写真師「内田九一」があげられます。

参考論文
中島徳博氏
関西写真家たちの軌跡100年 写真展図録「関西の写真」2(幕末から明治)中島徳博 (komma.jp)
森重和雄氏 photographer_biographies52.pdf (jcii-camera.or.jp)

 

●書誌の概要、画像は下方にあります。



お詫び
   力量不足・準備不足の為、編集が上手くいきませんでした。
   お見苦しい事、お詫び申し上げます。

 

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「響泉堂等銅版画貼込帖」について
・・熊田司氏所蔵資料
・・森琴石の書物意匠、証券・小切手類、印紙、商標類、引き札等の
・・銅版画の試し摺を多数貼り込んだ ”森琴石手製の画帖”

・・『森琴石作品集 銅版画編』
・・・熊田司氏 論文 ー銅版画師響泉堂をめぐって― p145~168
 ・・ (貼込帖はについてはp148p~p151 に詳述)
   森琴石の商標類=森琴石 調査情報【平成23年 1月】 (morikinseki.com)に紹介しています

★熊田司氏=(美術史家・前和歌山県立近代美術館館長)
・・もっと知りたい 佐伯祐三』(東京美術)が、12月22日ごろ発売されます。
・・ 楽天ブックス: もっと知りたい佐伯祐三 – 熊田 司 – 9784808711979 : 本 (rakuten.co.jp)

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画像資料

熊田司氏蔵
「響泉堂銅版画貼込帖」より

 

肖像画紹介
・・(画像のみ、図の説明は省略させて頂きます)

響泉堂銅版貼交帖肖像1a    響泉堂銅版貼交帖肖像2a 

響泉堂銅版貼交帖肖像3

響泉堂銅版貼交帖肖像4a  響泉堂銅版貼交帖肖像5

 

画像比較

a                                 b                                                  c                                        d
『森琴石作品集』  響泉堂貼込帖=熊田司氏蔵     bと同じ             『日本古代史要約 挿図集』
a,b にウィリアム・マッケンジーの肖像画あり                   

肖像画 2 精度高 響泉堂銅版貼交帖肖像2a 響泉堂銅版貼交帖肖像1a イラスト 2

 

ウィリアム・マッケンジー の肖像画

熊田司氏蔵
「響泉堂銅版画貼込帖」より
 
        1868年撮影の写真(日本の慶応4年or明治元年)を
                   明治10年頃(1877)森琴石が銅刻した
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
REVa  WILLIAM MACKENZIE
LATE  OF  NORTH  REITH FREE CHURCH  SCOTLAND
ENGRAVED  FROM  PHOTGRAPH  TAKEN  IN  1868

ウィリアム・マッケンジー像

WILLIAM MACKENZIE

・・・・・・・      ・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

『Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan』,   Including  Illustrations to the Guide Book,
Collected and Arranged by N. McLeod 
     ・・・・・・・
     Published by Kioto (Kiyoto), 1877

『日本古代史要約 挿図集』
ニコラス・マクラウド著
 1878年出版・京都

  ★別タイトル…日本古代史の縮図(イラストを含む)』・『日本古代史概要 図会』等

概要(但し森家での確認・誤りもあります)

著者     ニコラス・マクラウド
刊行年月日  1878年(明治11年)・京都
装丁など   ハードカバー・大福帳仕立て
サイズ    27,5x17,5cm
頁数     92頁(内挿図85頁分)
銅刻者(刻記があるもの)
       森琴石=「響泉堂等銅版画貼込帖」に基づく
      石田有年・石田蔵版・雨麦亭・瑞光堂・山本伊三郎衛充・山本鐫・東京寿石

画像(森家蔵)
 1878年刊(明治11年)

①表紙                 ⓶表題

表紙  1

 

⓷序文

2 序文 (2)

訳=鈴木俊夫氏

序文

  私は、日本への滞在を3か月延長したが、それはひとえにこの著書を仕上げるためであり、その目的は2年前に長崎で刊行した著書に補足材料を与えるものである。

  本作は、もとの役割である補足材料としての価値とは別に、日本の題材を現地の作家が描いた銅版画のコレクションとして、それ自体に価値があると願っている。

  銅版画は、日本で最高の芸術家達による作品だが、彼らが外国語に慣れていないので、
出来栄えが完ぺきとは言い難い。

                                                                                                                          N・Macleod.
           1878年1月、神戸

 

略語の説明 
    E.P.P. 概要の掲載ページ
    B.T. 仏教寺院
    S.T. 神社

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★翻訳者 鈴木俊夫氏
・・・・・滋賀県大津市在住。山形大学客員教授。元米国化学企業の研究者。
・・・・・英国に1年半、米国に23年在住。英語に関する著書4冊。

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その他の画像(1~9 頁順)

(歴代天皇)の墓へのガイド  ⑤           ⑥
(所在地リスト)
  序文の次   文章 1   文章 2

 イラスト最初の頁      ⑧イラスト2頁目
・・・・・・・・・・・・・  肖像図=森琴石   

  イラスト 1   イラスト 2

      

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

備考
ニコラス・マクラウドは お雇い外国人 だった かもしれません
響泉堂刻『軽罪違警罪刑律加減表(明治13年11月)』=旧刑法制定年に発行 の 最下方に記述


 ニコラス・マクラウド について

①ウィキペディアより

  1. ニコラス・マクラウド(Nicholas McLeod)
    1863年―1889年 
  1. 別名 ノーマン・マクラウド   Norman McLeod)
  1. ニコラス・マクラウド(英: Nicholas McLeod、fl. 1868年 – 1889年)は、
    スコットランド・スカイ島出身の人物で、日本人がイスラエルの失われた10支族の子孫であるという彼の理論で知られていた。
  2. テューダー・パーフィット(英語版)はマクラウドの職業について、彼が宣教師として日本に来る前は、ニシン業界に身を置いていたと述べている。
  1. マクラウドは
    1875年に長崎で『日本古代史の縮図』(表題:日本とイスラエルの失われた部族)、
    1878年に京都で『Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan』(イラストを含む)を制作し、出版した。
  1. これらの本の内容は、日本の聖職者階級がイスラエルの失われた10支族の子孫であるということだった。彼は、日本の最初の知られていた王がオセーと呼ばれ、紀元前730年に王位に入って、紀元前722年に死亡したイスラエルの最後の王ホセアと彼を識別したと主張した。 本書には、古代イスラエルと日本のつながりの証拠として、ユダヤ教と神道の宗教儀式の広範な比較が含まれている。
  1. マクラウドは、1875年に出版された『日本古代史の縮図』をウィリアム・マッケンジー (スコットランド自由教会)に献辞した。   
    William Mackenzie The Free Church of Scotland
  1. 19世紀、明治時代初期の日本に約12年滞在したスコットランドの商人。明治政府のために働きながら、日本各地をめぐり歩き、やがて「日ユ同祖論」(日本・ユダヤ同祖論)を説くようになった。その著『日本古代史の縮図』(1875年/明治8年)は、日ユ同祖論の最初の古典として有名。

⓶ユニオンペディア より
日ユ同祖論 – ユニオンペディア (unionpedia.org)

ニコラス・マクラウド(英: 、fl. 1868年 – 1889年)は、スコットランド・スカイ島出身の人物で、日本人がイスラエルの失われた10支族の子孫であるという彼の理論で知られていた。

別名はノーマン・マクラウド(英: )。
マクラウドの職業について、彼が宣教師として日本に来る前は、ニシン業界に身を置いていたと述べている。

マクラウドは1878年に『日本古代史の縮図』(表題:日本とイスラエルの失われた部族)や、京都で『Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan』(イラストを含む)を制作し、出版した

“Rare Books – Important Acquisitions – Illustrations to the Epitome of the ancient history of Japan, including illustrations to the guide book”, National Library of Scotland website, 2004 (?), http://www.nls.uk/collections/rarebooks/acquisitions/singlebook.cfm/idfind/416。

これらの本の内容は、日本の聖職者階級がイスラエルの失われた10支族の子孫であるということだった。

彼は、日本の最初の知られていた王がオセーと呼ばれ、紀元前730年に王位に入って、紀元前722年に死亡したイスラエルの最後の王ホセアと彼を識別したと主張した。

本書には、古代イスラエルと日本のつながりの証拠として、ユダヤ教と神道の宗教儀式の広範な比較が含まれている。

マクラウドは、1878年に出版された『日本古代史の縮図』をウィリアム・マッケンジー (スコットランド自由教会)に献辞した N. McLeod。.

日ユ同祖論
日ユ同祖論(日猶同祖論、にちゆどうそろん)は、日本人(大和民族)とユダヤ人(古代イスラエル人のうちのユダ族、ベニヤミン族、レビ族)は共通の先祖ヤコブを持つ兄弟民族であるという説。

スコットランド人が滞日中の明治時代に著した論を発端に、一部の日本人とユダヤ人によって提唱されている説。
英ユ同祖論など、ユダヤ人と他民族文化を関連づけて論じる多数あるユダヤ人同祖論のひとつ。
古代イスラエルの12部族とは、ルベン族、(シメオン族)、レビ族、ユダ族、(ダン族)、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、ヨセフ族(マナセ族、エフライム族)、ベニヤミン族を指す。
一般によく認識されているユダヤ民族の祖は、第4族ユダ族と第12族ベニヤミン族に第3族レビ族を加えた3部族であり、失われた10支族から省かれる。

古代イスラエルの失われた10支族とは、ユダヤ民族を除いた、ルベン族、シメオン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、ヨセフ族(マナセ族、エフライム族)を指す。
第9族エフライム族、第5族ガド族、または第7族イッサカル族の数人が日本に、第11族ヨセフ族(マナセ族、エフライム族)はエチオピアに移住したという説がある。

 

               

虎 下絵 森琴石「虎}下絵 (91,5cm x 37,5cm)

 

 

♥    2021年も、残り少なくなりました。
今年も森琴石ホームページを閲覧頂き
誠にありがとうございました。

2022年は、穏やかな年でありますよう
心より願っています。     

 

 

 

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響泉堂刻『軽罪違警罪刑律加減表(明治13年11月)』=旧刑法制定年に発行

2021年12月10日 更新

 

響泉堂刻
『軽罪違刑罪刑律加減表』(明治13年11月)
・・・旧刑法制定年に発行
・・・ 維新の貴重な資料

 

『軽罪違警罪刑律加減表』は、
・・明治13年に発布された旧刑法において、
・・「軽罪」と「違警罪」(現代の軽犯罪に相当)に分類される罪について、
・・・対応する罰則の詳細を記したものである。

出典
国立国会図書館近代デジタルコレクションー
軽罪違警罪刑律加減表 – 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

著編者      市島 昭(イチシマ アキラ)
発行者      岡島真七(大阪)
銅鐫       大坂響泉堂刻
発行年月日    明治13年11月
容量・大きさ   1帖・17㎝
装丁       和装

 

表紙  『軽罪違警罪 市石昭編集 刑律加減表 全

刑法 響泉堂刻 表紙

 

市石昭編集 
  軽罪違警罪 刑律加減表 
 明治13年11月銅鐫 岡島氏蔵

刑法 響泉堂刻 表題
         ⇑ 大 坂 響 泉 堂 刻

 

刑律加減表             凡例

凡例 刑律加減表1                                                                                  ⇑ 大坂響泉堂刻銅刻

奥付
明治12年10月28日出版お届
同 13年11月   刻 成

編集人 滋賀県士族 市石 昭 大阪東区備后町4丁目53番地寄留
出版人 大阪府平民 岡島真七 東区本町4丁目59番地
定価金12銭

奥付

 

注釈・備考

旧刑法
   発布=明治13年7月明治13年7月
   施行=明治15年1月1日
        ↓ 26年間存続
新刑法=明治41年1月1日

 

旧刑法 とは

(1)
日本大百科全書(ニッポニカ)「旧刑法」
1880年(明治13)7月17日太政官布告第36号により発布された日本の刑法典。1882年1月1日に施行されてから、現行刑法が施行される1908年(明治41)1月1日まで、26年間効力を有した。
それ以前の新律綱領や改定律例が中国の律令系に属し、前近代的なものであったため、時の明治政府は、1873年(明治6)これを近代化・西欧化すべくフランスの法学者ボアソナードを招聘し、新しい刑法典の起草を命じた。
1877年に完成したボアソナード刑法草案を土台として、江藤新平、箕作麟祥(みつくりりんしょう)らの努力により成立したのが旧刑法である。
このような経緯を反映して、フランス刑法、とくに1810年のナポレオン刑法典の強い影響がみられ、第2条に罪刑法定主義の原則を規定するほか、犯罪を重罪・軽罪・違警罪3分類したうえで、それぞれに対応した刑罰(主刑)として、現行刑法とほぼ同様の刑罰を採用している
(ただ、重罪に対して徒刑、流刑などを残している点では前近代的な性格がみられる)。
[名和鐵郎]

(2)
精選版日本国語大辞典 より
明治13年(1880)年に公布された刑法典を、現行刑法に対していう。
ナポレオン刑法を基本として、
ボアソナードが起草したもの
同15年1月から施行同41年に廃止された。

 

森琴石周辺…司法職についた人物
馬渡俊猷
鳥居断三
★水越耕南・片桐楠斎=森琴石 調査情報【平成17年 10月】 (morikinseki.com)
★川村雨谷=森琴石 調査情報【平成17年 3月】 (morikinseki.com)

 

市石昭
詳細不明

 

岡島真七
「大阪でっち新聞」の発行者
明治時代の新聞のひとつ。1878年 岡島真七が大阪で創刊した絵入り、ふり仮名つきの小新聞。翌年「大阪絵入り新聞」に改題。(コトバンク)

 

森琴石と岡島真七の書誌

『森琴石作品集 銅板画編』
・・熊田司氏…響泉堂所鐫銅版書目 のデータを
転載させて頂きました。

1:武藤吉次郎 編輯
『大阪区分細見図〈改正〉』
  明治9年3月17日(御届)
・・出版人=大野木市兵衛・前川善兵衛・森本太助・岡島真七
  銅版刷彩 一鋪 69,3×92,5cm
・・左下に「大坂 響泉堂銅製

2:蔀屋仙蔵 著(原図者)、森琴石 増補(改図人)
『大阪区分細見図(改正)』
  明治10年2月
・・出版人=大野木市兵衛・前川善兵衛・森本太助・岡島真七
  銅版刷彩 一鋪 53.5×72.1cm
  右下に「大坂南本町四丁目34番地 響泉堂刻

3:蔀屋仙蔵 著(原図者)、森琴石 増補(改図人)
『大阪区分細見図〈改正〉』(再版)
  明治12年5月29日(御届)
・・出版人=大野木市兵衛・前川善兵衛・森本太助・岡島真七
  銅版刷彩 一鋪 53.3×72.5cm
  右下に「大坂南本町4丁目34番地 響泉堂刻

ボアソナード
Gustave Emile Boissonade de Fontarabie (1825―1910)
フランスの法学者。1873年(明治6)来日。司法省法学校で自然法理論、フランス式民法・刑法を講義。旧刑法、治罪法、旧民法を起草。日本の自然法理論、フランス法学の基礎を築いた。1895年帰国・お雇い外国人の一人 (ウェブリオ辞書)

お雇い外国人(おやといがいこくじん)
幕末から明治にかけて、欧米の技術・学問・制度を導入して「殖産興業」と「富国強兵」を推し進めようとする政府や府県などによって雇用された外国人。当時の日本人の中からは得がたい知識・経験・技術を持った人材で、欧米人以外に若干の中国人やインド人もいた。官庁の上級顧問だけでなく単純技能者もいた。お抱え外国人とも呼ばれることもある。(ウィキペディア)

森琴石周辺のお雇い外国人(広い範囲も含む)
★キヨキヨソーネ・シーボルト・ハラタマ・フルベッキ・ポンペ・ボードイン
ボアソナード など (今後調査が必要)
★森琴石HP
造幣局技師 ロベルト・マクラガン(英人)を取り上げている
(明治5年5月英国より来阪、明治22年まで造幣局技師として勤務した)    

ロベルト・マクラガンの置物⇒マクラガン 置物

★近月中に、ニコラス・マクラウド(スコットランド)をご紹介予定です。

 

 

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