What’s New?  について

[森琴石]のホームページをCD化するに当り、最後のまとめにとりかかりたいと思います。

索引の充実及び画家系図のやり直しと並行し、諸情報のお知らせについては、平成23年12月より[What's New?]からご覧頂きたいと思います。

 [森琴石]の調査を開始してから13年経ちましたが、その過程に於けるさまざまなエピソードや苦労話などを、記録として残す必要があるとのご意見を頂戴しています。
調査情報ではお伝え出来なかった内輪的な事にも少々触れてみたいと思います。

ブログ形式の操作に不慣れな為、画像やイラストの挿入などがまだ出来ません。
徐々に覚えていきますので気長にお付き合い下さい。       2011年12月5日  筆者

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森琴石のふくさ…サンフランシスコ・アジア美術館‐オンラインコレクション‐

2020年10月11日 更新

 

サンフランシスコ 
アジア美術館 ONLINECOLLECTION 
森琴石の袱紗(ふくさ)

 掛け袱紗

表・・・丸に立ち沢潟(おもだか) 紋‐

裏・・・森琴石画「とんぼ、かぼちゃ、菊、けし」
    ‐画は明治28年12月28日(1895年)の作品


■アメリカカリフォルニア州にある サンフランシスコアジア美術館 オンラインコレクションに森琴石の「袱紗(ふくさ)」が紹介されています。

■“掛けふくさ“といわれ、贈り物や貴重品の上に被せるもので、上質の織物で仕立てたものです。

■表が家紋(丸に立ち沢潟)で、裏にはとんぼ・かぼちゃ・菊・けし」の図を森琴石が描いている。

■袱紗(ふくさ)は森家にも何種類かありますが、霊芝や松竹梅・果菜類などが殆どです。
サンフランシスコアジア美術館 オンラインコレクションのものは<かぼちゃの上にトンボが止まっている>という、珍しい図柄なので
紹介させて頂きます。
(但し、画像につきましては、不都合な場合がある場合は削除させて頂きます)

■家紋(丸に立ち沢潟)及び、 家紋の由来となる“勝ち虫=蜻蛉(とんぼ)”を描いている事などから、元の所蔵者のご家系が想像出来そうです。

 

 

 

備考1
サンフランシスコ アジア美術館

サンフランシスコアジア美術館は
アメリカ、カリフォルニア州にある美術館で、アジアの国々の貴重なコレクションを展示している美術館。17,768点の所蔵品の中心は、中国美術6,900点、次いで日本美術5,200点。常設展示のギャラリーは、南アジア、西アジア、ヒマラヤ、東南アジア、中国、韓国、日本の7地域に分かれている。

 

ウィキペディアより
(サンフランシスコアジア美術館チョン・ムーン・リー アジア芸術文化センター世界で最も包括的なアジアの美術コレクションの1つを収容し、その常設コレクションには18,000以上の芸術作品があり、6,000年前のものも含まれています。
 以下略




備考2
沢潟(おもだか)紋の由来
丸に立ち沢瀉
①   日本の家紋より https://kamondb.com/plant/422/
日本十大紋の一つ。オモダカは池や沢、田んぼなどに自生するクワイに似た水草で、可憐な花を咲かせます。古くは王朝時代に貴族の車や武具の文様として用いられ、やがて家紋に転じたものと云われています。

沢瀉は面高「面目が立つ」に通じるとか、葉の形が矢じりに似ている、別名「勝ち草」とも呼ばれるなどのことから、武人の家紋として普及しました。毛利元就が戦に臨む時に沢瀉に蜻蛉(トンボ)が止まったことを吉事として用いたという故事があります。

②   ウィキペディアもご覧くださいhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E7%80%89%E7%B4%8B

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サンフランシスコ 
アジア美術館 ONLINECOLLECTION

Gift cover with design of dragonfly, pumpkin, chrysanthemums, and poppies

http://searchcollection.asianart.org/view/objects/asitem/subject@chrysanthemum/20?t:state:flow=0298ba58-0b91-4ab6-9335-51edbf4d8a33

 

原文
Gift cover with design of dragonfly, pumpkin, chrysanthemums, and poppies

Artist: Mori Kinseki (Japanese, 1843 – 1921)
Date: 1895
Historical Period: Meiji period (1868-1912)
Object Name: Gift cover
Materials: Ink, color, and gold on silk
Dimensions: H. 22 1/2 in x W. 18 5/16 in, H. 57.2 cm x W. 46.5 cm
Credit Line: Gift of Peter and Beverly Sinton
Department: Japanese Art

Collection: Textiles
Object Number: 2015.67
On Display: No


<…以下森流の書き方をしています>

サンフランシスコ アジア美術館 オンラインコレクション

掛け袱紗「とんぼ、かぼちゃ、菊、けし」

画者=森琴石
製作年=明治28年(1895年)
寸法=縦57.2 cm x 横 46.5 cm
材質,形状
袱紗
           家紋面…?織・紋(丸に立ち沢瀉<おもだか>)
   図柄面…絖本? 着色画(とんぼ・かぼちゃ・菊・けし)
   房  …金糸(4隅のうち1か所欠損)

クレジットライン=ピーター&ビバリーシントン(ご夫妻)の贈り物
部門=日本美術
コレクション=織物
オブジェクト番号: 2015.67

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

画像

袱紗 

・・・ 森琴石画  ~乙未季冬念八日 琴石寫~
・・・・・・・・・・・・・・明治28年12月28日
・・・・・・・・・・・・・・・・(1895年)
かぼちゃ 

 

 
ふくさ 柄                      この分は https://www.picuki.com/media/2163301168583146693     によります

 

 

家紋面(丸に立ち沢潟紋)

袱紗 家紋         袱紗裏(家紋)

・・・・・・  ・

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<大阪森響泉堂銅刻>:『達爾頓氏生理書図式』(明治11年4月刊)扉の下方

2020年9月6日 更新

 

『達爾頓氏生理書図式』(明治11年4月刊)
扉下方の文字…大阪森響泉堂銅刻 とあり

 

●2020年7月後半、森琴石の資料をインターネットで探していたところ、某人気フリーマーケットサイトに、明治11年1月刊行の『爾頓氏生理学書図式』が出ていました。

●出品書誌の画像は扉の上部に2カ所蔵印がある以外、背表紙の上方と下方が経年で破損しているものの、中身の銅版印刷は極めて良好な状態で写っていました。

●某古書サイトでの販売価格は3万5,000円ですが、これは何と2000円なのです。何年か前には7・8万円、いや10万円以上の値がついた事もあり、到底買えないとあきらめていました。今回の価格は余りにも安く信じられない気持ちでしたが、これは “絶対に買わなければ!”と、躊躇せず<購入>にクリックしたのです。。

●届いた書物の手ざわりを確かめ、表紙を見、めくった瞬間、余りの嬉しさに気持ちの昂りをしばらく抑えきることが出来ませんでした。

なんと!!

●扉の飾り枠の下方にある「・・・・・・・刻」とあるところを見ると
<大阪森響泉堂刻>となっているではありませんか!

●扉の上方に押された<所蔵印>から推測すると、数々の戦火や災害を逃れ、場所を変えながらも、大事にされていた事が窺えます

●蔵印から察して出品者の方は “ゆかりのある人” かも知れず、“大事にしてくれる人に持って貰いたい!”と願って出品して下さったように思えてなりません。

●『達爾頓氏生理学書図』の翻訳者  物部誠一郎は、大阪病院の医師で、緒方惟準や緒方拙斎と同僚だった。

 

備考
生理学とは…
人体を構成する各要素(それは組織、器官であったり細胞であったりする)がどのような活動を行っているかを解き明かす学問。(
byウィキブックス)
2018年ノーベル賞生理学・医学賞を受賞した「本庶佑」先生のご研究もこの分野です。

※物部誠一郎は、森琴石の晩年の主治医だった可能性があり(森琴石日誌)、森琴石の周辺には、この分野で高名な 緒方惟準・緒方拙斎・堀内謙吉などがいます。

森琴石ホームページ
森琴石門下 堀内謙吉 調査情報平成23年5月
●堀内謙吉は、緒方洪庵の外孫として誕生、
鼻咽喉科の名医として、
中江兆民の咽頭がん
を告知した事で有名 
●堀内謙吉の父、堀内國利は、明治3年、陸軍軍事病院を緒方惟準と共に創設した。
脚気撲滅に貢献した人物。
●脚気論争については
「柏崎通信」で 梶谷恭巨氏が詳しく記述されていますhttp://kashwazakitushin.blog.shinobi.jp/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%AD%A6/%E8%84%9A%E6%B0%97%E8%AB%96%E4%BA%89%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%88%E7%B6%9A%E3%81%8D%EF%BC%89_119

2013年1月17日記述

緒方惟準伝 緒方家の人々とその周辺』に、森琴石周辺人物が登載

 

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『爾頓氏生理書図式』の概要

    明治11年4月刊行
 サイズ 縦24.7㎝x横17.5㎝

 

扉             背表紙

(広島県公立三次病院の蔵印)他     (上方欠損)

扉(全)      背表紙

 ↓ 枠外下方に ―大阪森響泉堂銅刻― とあり扉下方 大阪森響泉堂刻

 

識文=物部誠一郎

 概要 (間違っているかも知れませんが・・)
前文略

自分は(著者物部誠一郎)、最近(明治11年)大阪医学校の教授に任命をされた。教授するにあたり、アメリカの達爾頓氏(ダジトン)の生理学書を教材にする事とした。ダジトン氏は紀元1875年(明治6年)生理学書を著した、この本は議論が精確で論旨がはっきりしている。自分はこの本を(妥協を許さず)改良して使っている、特に図式は織微詳密にするため、木版で模写すべきで無いと考え、銅版で別に鐫刻した。斯道の学者に読んで頂き、研究の一助になる事を切に願う。

物部誠一郎 識文

 

第46図(膵臓・十二指腸)         第184図(交感神経 、神経節)

第46図(十二指腸・膵臓)第47図(十二指腸壁)  第184図(交感系統の神経及神経節)他

 

奥付 1

奥付 1

奥付 2

奥付 2 左下 大阪響泉堂刻

 

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~参考まで~

緒方惟準は医業を離れ隠居した際、有馬の別荘「翠紅庵」を良く訪れたという。
緒方拙斎著「南湫詩稿 第2集」には、森琴石が「翠紅庵」を描いています。
               調査情報 平成23年2月
現在「翠紅庵」は、森琴石の生家 有馬温泉「中之坊・有馬グランドホテル」が所有されているそうです。

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その他 森琴石ホームページでの記述カ所

森琴石 調査情報【平成16年 3月】

https://www.morikinseki.com/chousa/h1603.htm
… にしお きちたろう 注8」は、「山陽新報」の創設者である。 □. 明治9年、 文部省刊「馬耳蘇氏複式記簿法」(馬耳蘇マルソ 著)・明治11年、「達爾頓氏 生理学図」(達爾頓 ダルトン著)など、簿記や医学の翻訳教科書にも関与して いる。

 
https://www.morikinseki.com/chousa/h1808.htm
サムネイル画像
達爾頓著・物部誠一郎訳・大阪文海堂・明治11年刊) 10冊目図版=響泉堂& 水口龍之介との銅鐫共刻・・原本摸図長谷川(貞)信翁. 「達爾頓氏 生理書図」 奥附. 「達爾頓氏 生理書図」 奥附. ※本来奥附は2頁にまたがっているため、1枚  …
 
https://www.morikinseki.com/chousa/h1907.htm
サムネイル画像
「達爾頓式 生理書図」に携わるなど、多少の医学の知識も持ち合わせていたと 思われる 注3。江戸末期に撮影したとされる、ガラス湿版写真版が森家に残る 注 4。森琴石の儒学の …
 
https://www.morikinseki.com/kankei/gayuu_ka.htm
関連事項=平成18年8月【3】 a [達爾頓 生理学書」奥附 ○森琴石と同門= 儒学の師が高木退蔵(号翠風)、岡玄卿※も同門。 (一). 川上泊堂先生. 先生名 は愿 字は次恭 泊堂は其號なり 別に平心庵と號し其居を静修亭と名く 嘉永元年戌 申 …
 
https://www.morikinseki.com/kinseki/douhanga.htm
琴石所刻の銅鐫作品で万目したものに、明治十年刊の日本地誌略附図、同十一 年刊の達爾頓(ダジトン)氏生理学書図式があるが、前者は左海書肆双鶴堂、 鈴木久三郎の出版で、後者は大阪松村九兵衞の出版である。水口龍之助との合鐫 になる …
 
https://www.morikinseki.com/kanren/kanren_a.htm
山中篤衛・松本瑞・花岡義章: ※物部誠一郎=府立大阪病院医師 大阪病院=大阪 日日新聞《森琴石と歩くおおさかの町》内大阪病院に記載/明治期半ば以降、森家 の家庭医であったようだ(森琴石日誌)/響泉堂刻「達爾頓氏生理書図式.

 

 

 

 

 

 

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2019年5月18日更新の”松花堂美術館展覧会”-森琴石「松谿読書図」の画像他追加

2020年8月1日 更新

 「令和2年7月豪雨災害」により
被害に遭われた地域の皆様に、
心よりお見舞い申し上げます。
皆様の安全と一日も早い復興を
心よりお祈り申し上げます。

2019年5月20日~7月7日
京都府八幡市の松花堂美術館で開催の

「ご存知ですか?大坂画壇」に、森琴石の「松谿読書図」が展示されます。

展覧会の前に、2019年5月18日更新 でお伝えさせて頂きましたが、その後主任学芸員の川端薫先生が、作品中の小さい描写に注目、同美術館のブログで、取り上げて頂いていました。

1年2か月余過ぎてしましましたが、本日ご紹介させて頂きます。
 クリックしてください
  https://blog.morikinseki.com/?p=3009
半ば以降に追加しています。是非ご覧ください。

 

 

 

※私ごとで誠に恐縮ですが、この4.5年 体調の不具合(頸・肩・腕・背中の筋肉挫傷など)で、パソコンへの操作が十分出来ずにいました。最近ようやく 画像の取り込みや、その他、細かい作業が以前ほど苦痛では無くなってきました。森琴石の調査、もう少し頑張りたいと思います。今後とも宜しくご指導や応援をお願い申し上げます。

 

 

 

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森琴石「蛙の図」…明治20年11月『虫類 模写帖』より

2020年6月27日 更新

 

◆森琴石「蛙の図」
・・明治20年11月『虫類など模写帖』より


虫類等研鑽
森琴石自筆「控え帳」に記述あり
・・・・・
明治39年10月「真美会」への作品提出書類の下書き

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

虫類模写帖」11枚綴り

1枚目
・・・
(綴じた状態)

縦27,0cmx横38,0cm

1 綴じ帖全体

 

8枚目

落款

明治廿歳次 丁亥冬十一月下瀚模寫 樵石
(明治20年11月下旬に模写)

樵石=森琴石の、昆虫画等での画号のようだ

11:蜘蛛、かたつむり等  落款 明治20年月模写=樵石

 

11枚目=最後

蛙図(アマ蛙・ヒキ蛙・アカ蛙 など)

10:カエル、赤とんぼ、あぶ等

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

森琴石自筆「控え帳」
縦22,5㎝x横15,3㎝・約210頁分記述)

表紙
1 控帳 表紙

 

 

 

 

初頭頁=鼎金城の伝記

2 控帳の最初 鼎金城伝
鼎金城の伝記取り上げカ所
ブログ  2014年10月21日

 

提出書類の下書き

明治38年10月「真美会」理事宛

・・・真美美術会については森琴石調査情報【平成16年 9月】www.morikinseki.com › chousa

3 明治39年10月 真美会提出 出品目録、委任状東京府知事千家尊福の名
千家尊福(せんげたかとみ)
出雲大社宮司・政治家。島根県生。尊澄の子。男爵・貴族院議員・各県の知事等を歴任。第一次西園寺内閣の司法大臣となる。政界だけでなく、東京鉄道会社社長等財界でも活躍した。大正7年(1918)歿、74才

4 明治39年10月 真美会  作品解説 鷹田其石・岡不崩の名

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鷹田其石(たかだ きせき)
・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1871~1946 富山県出身・日本画家

                       岡不崩(おか ふほう)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森琴石と親交
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成16年9月」・資料 書簡:岡不崩への書簡

・・右頁 履歴:7行目下
・・・・・・・「……花卉魚等ノ写生ヲ為す数年」と記述

5 明治39年10月 真美会提出:略歴及び褒賞1

6 明治39年10月 真美会提出 褒賞2

7 明治39年10月 真美会褒賞3

森琴石自筆 控帳について

情報満載
●師匠先輩の経歴褒賞、伝記、門弟住所、展覧会提出用の下書きなど…未公開情報多数
●上の画像中にも多くの情報が込められています。
ご興味がございましたら是非お読みください。
●控え帳
森琴石HP掲載カ所
資料:下書き
ブログ記述 投稿日:

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

森琴石HP掲載カ所

虫類写生帖

https://www.morikinseki.com/chousa/h2308.htm
今月の話題. 森琴石旧蔵 ―虫類、爬虫類、両生類など 模写帖―
: 未解明な模写帖: 模写画は森琴石、しかし落款名は「樵石 寿」
・・・・・・森琴石は「博物画」も目指したか?
【 1】. □. 「平成19年10月」では、森琴石がバラの愛好者で<自宅で栽培した薔薇は300  …
その他 
https://www.morikinseki.com/chousa/h2108.htm
サムネイル画像
墨香画譜は<巻1 山水>・<巻2 蘭竹梅など>・<巻3 花卉盆栽鳥虫類>・<巻4 果菜茶器類など>の4冊揃いのもの。「第一号」と書かれたものは、この段階ではまだ 正式な名称が決まっていなかったようだ。 その3; 「壬午初春 墨香画譜第貮集 讀畫廬」 と …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1910.htm
自身の蔵書のうち300冊を「天香園文庫 注10」と名付け、天理大学附属図書館に寄贈 した。博物学に興味を持つ森琴石は、その方面の人物とも交流があったようだ。明治20 年「樵石壽」の名で、極彩色で蝶々などを描いた、虫類・爬虫類、両性類等の精密画11  …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1901.htm
田中芳男」書誌類=雅友・知友「田中芳男」をご覧ください 「田中芳男」による博物譜、 図鑑、田中芳男の事績は、 … 森琴石が精密に写した「鳥類・虫類・植物」の下絵や画稿 と思われるものが遺されている 注2。 □. 森琴石の周辺には「岡 不崩」や「前田吉彦」、「

 

 

 

 

 

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森琴石「蛙の図」…『題画詩集』より

2020年6月11日 更新

 

新型コロナウィルス感染症拡大で、長きに亘る自粛生活が続きました。
皆さま方におかれましては安全にお過ごしになられましたでしょうか?

緊急事態宣言が解除され、ほっとしたのも束の間、鬱陶しい梅雨の時期となりました。

そこで ちょっぴりほのぼのとする森琴石の画をご紹介させて頂きます。

銅版袖珍本『題画詩集』シリーズから「蛙の図」銅版画2点です。

 

題画詩集は
森琴石三大著書の一つで、大ヒットした書誌です

 

森琴石HP、ブログでも多数とり上げています
例 ホームページ

調査情報平成18年11月

ブログ
What’s New? https://blog.morikinseki.com/

   2014年7月9日更新分 https://blog.morikinseki.com/?p=1713

 

森琴石の「蛙の図」

『題画詩集』シリーズ より2点

題画詩集 新編墨場必携 森琴石編輯

発行  明治12年11月21日
編輯  森琴石
出版  北村宋助 吉住音吉

同13年6月8日翻刻御届:同年7月刻製
発兌=翻刻人-石田才次郎(京都)
縦8.4cm X 横6.0cm

題画詩集 表紙・帙  明治12年 奥付
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↓ 栞石刻とあり 

題画詩集(M12)続編 蛙

2『墨場必携 題画詩集 森琴石編輯』
発行  明治14年4月16日
 編輯  森琴石
 出版  辻本慎太郎
 発兌  青木恒三郎
 サイズ 縦9.3cm x 横6,6cm

新編墨場必携 表紙・帙   明治14年 奥付


(金)冬心先生筆意

新編墨場必携 4(M14)蛙

※金冬心
金寿門(金冬心・金農)=森琴石が尊敬した中国の書画家。揚州八怪の一人

以下、コトバンクより転載
中国,清朝中期の書画家。浙江省杭州の人。字は寿門。号は冬心,司農,稽留(けいりゆう)山民,曲江外史など多数ある。考証学者の何焯(かしやく)に師事して金石を研究し,30歳ころより地方を行脚して刻石拓本を収集した。のちにしばしば揚州を訪れ,晩年はそこに定住した。揚州八怪の一人。書は漢隷をもとに独特な方形の書体をつくり,画もまた花卉(かき)雑画を古拙な画風で描き,八怪の他の画家に影響した。50歳ころより始めた墨梅がすぐれ,代表作に大作の《墨梅図》四幅対(1636,ニューヨーク,翁万戈氏蔵)ほかがある。…

 

森琴石ホームページ内記載カ所

https://www.morikinseki.com/chousa/h2203.htm
サムネイル画像
今月の話題. 【1】森琴石旧蔵品: 1: 森琴石小画帖より ・・・・・「金寿門」の名があるもの: 金寿門(金冬心・金農)=揚州八怪の一人: 2: 瞿応紹(瞿子冶)の作品・・・・茶壷(竹図) & 掛け軸(竹、竹石図). 【1】 …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2110.htm
サムネイル画像
平成20年2月【2】注4,5」でご紹介した、金冬心(金寿門)・胡公寿・張子祥・倪旭華・ 楊伯潤・柳華廬逸史らの名がある小画帖は「森琴石は、実際に中国に行っていたのでは ?」と、日中の見識者からご見解を頂いています。中国好きの森琴石が中国に渡ってい た …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2002.htm
書画人は金冬心・金寿門・胡公寿・張子祥・倪旭華・楊伯潤・柳華廬逸史など。上海で写 したという書画人の落款がある。その続きには森琴石が描いた「雲根(石)図」が続く。 ◇ . 村田香谷の名がある、森琴石の<控え録>及び、「書画名器 古今評伝 3冊」などの …

 

 

 

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2020年2月24日…森琴石の命日。没後99年になります。

2020年2月24日 更新

 

2020年2月24日
森琴石没後99年になります

 

ウィキメディアの「森琴石」の末尾の文章、
大正10年(1921年)78歳で没した。墓は当初安治川の墓地(場所不明)に葬られたが、後に四天王寺に移された」は、間違っています。

正確には、森琴石の墓所は「四天王寺」です。
安治川は養子先の森家が家業を営んでいた地名で、墓所では有りません。
因みに江戸末期~明治中頃迄の森家の森家の墓所は「西九条墓所」にありましたが、災害で壊滅したそうです。その後明治39年7月に森琴石が、四天王寺に新たな墓所を構えました。
下に画像を添えてご紹介させて頂きます。

 

森琴石の墓碑

森琴石の生没年=天保14年3月19日誕生~大正10年2月24日(1843~1921)

場所=四天王寺 霊園 大阪市天王寺区)
建立年=明治39年7月
建立者=森琴石

 和宗総本山「四天王寺」は、推古天皇元年(593)に聖徳太子によって建立された日本で最初の官寺です。

 

森家墓碑
先祖塁代墓 森琴石(※建立者)

森琴石の墓 前綿
墓地の周囲は、堅固な鉄柵で囲われていたが、戦時中に行われた金属回収令により供出

墓碑裏面=明治39年7月建立    墓碑左側面=森琴石と妻ヤスの戒名
ヤスは琴石3番目の妻で、琴石を最後まで世話した
(ヤスは福井県鯖江出身、琴石との間に子が無い)

森琴石墓=明治39年7月建立      森琴石と妻ヤス

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四天王寺以前の墓所=西九条墓所(大阪市西区=洪水で壊滅)

西九条墓所の資料
森琴石養父 森 猪平の葬儀録よ

(通称 善蔵=2代目森善蔵)

安政四丁巳年八月十日辰□下刻往生(1857年)
翌十一日正□未時西九條墓所葬送
釈立教葬式一件
俗名猪平
行年四十七■

森猪平葬儀(森琴石養父・安政4年8月10日)
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森琴石長男森磐之助の葬儀録 より

明治三庚午年四月十日午中刻往生 (1870年)
同日申中刻西九条墓所江葬送
釈了純葬式書類
同年三月六日卯下刻誕生
俗名 磐之助 当歳

森琴石長男磐之助葬儀(明治3年4月10日)
注・森琴石の最初の妻「啓」の長男(養父 猪平の一人娘)。
  磐之助は、誕生後1か月余で没する
  尚妻「啓」は、出産直後に死亡した。

 

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森家森琴石HPでの記述箇所
生家と森家
     森琴石調査情報【平成16年 2月】
 森琴石調査情報【平成18年 5月】
 森琴石調査情報【平成19年 7月】

尚、大正12年時の戸籍謄本では
森猪平の住所は「東區伏見町三丁目三番屋敷」となっています

 

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 来年2021年は、没後100年となりますが、行事の予定はしていません。
2021年5月頃、日中2名の学者により、論文が発表されます。
 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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浮世絵研究家 リチャード・レイン コレクションに森琴石の画が所蔵=ハワイ、ホノルル美術館

2020年1月30日 更新

 

リチャード・レイン コレクションに
・・森琴石の画が所蔵=ハワイ、ホノルル美術館

  ・
●リチャード レイン
・・・アメリカ出身の浮世絵研究家(下方★備考に人物解説)

森琴石の作品
花器、果菜図・・・色調が、いにしえの仏画風、又は明治初期の油絵風
落款の年号・・・・異名を使用 (下方★備考に用語解説)

 

情報源=ウィキメディアコモンズ

Media in category “Mori Kinseki”
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Basket_and_Archaistic_Bronze_Vase_with_Plants_by_Mori_Kinseki.jpg

ウィキメディアコモンズ でのリチャードレインコレクション―明治・日本画 は、197作品が公開されており、森琴石の画像は、112番目にあります。

Wikimediaコモンズの画像は、パブリックドメインにある平面的な美術の著作物を写真術によって忠実に複製したもので、このような複製はアメリカ合衆国においてパブリックドメインとなる。・・・パブリックドメインとは、著作権保護期間が終了した著作物で、森琴石の作品画像は使用を許可されています

Basket and Archaistic Bronze Vase with Plants

Basket and Archaistic Bronze Vase with Plants リチャードレインコレクション

・・・・・・・・・・2種の花器(かご・青銅製)、果菜3種
・・・・・・・・(森家には、青銅製のち密な花瓶の彩色下絵が残っている。色目は同じ)

 作品概要

作品名   :「Basket and Archaistic Bronze Vase with Plants

所蔵先   :ホノルル美術館 リチャードレインコレクション
・・・・・・・・明治時代 日本画

材質技法 :絹本・着色

制作年   :明治22年夏

落款=屠維赤奮若季夏寫於読画盧
・・・
屠維=己の異名  赤奮若=丑の異名
・・   ∴己丑=明治22年の事


 

 


★備考

リチャード レイン(Richard Douglas Lane, 1926年 – 2002年)

アメリカ合衆国出身の浮世絵研究家。
フロリダ州キシミー生まれ、ニューヨーク育ち。
高校・大学時代は作家を目指し、短編小説で二度賞をとる。
第二次世界大戦で海兵隊に出願、日本語戦場通訳学校に選抜されて日本語を学ぶ。
卒業後、南九州上陸部隊の中にあったが終戦を迎える。
その後通訳として長崎、鹿児島、佐世保など九州各地で一年ほど過ごす。
帰国後、ニューヨークやハワイ大学で日本文学を学び、1948年ハワイ大学卒。
コロンビア大学で西鶴研究で修士号取得、奨学金を受けて日本に留学。
東京大学、早稲田大学、京都大学の大学院で日本文学を学び、師宣記念館の創立を援助して紺綬褒章を受章した。

1958年、コロンビア大学で日本古典の博士号取得、母校やメリーランド大学で日本語、日本文学、比較文学、日本美術史を教え、ホノルル美術館の学芸員を務めた。
以後半ばを日本で過ごし、暉峻康隆とともに春画研究に携わり、林美一との共同監修で未修正版の「定本・浮世絵春画名品集成」を編纂し、春画を文化史の中に位置づけた。  (ウィキペディア による)

 

【十干十二支】じっかんじゅうにし
十干と十二支。また、それを組み合わせたもの。日にこの記号をつけて表す干支記日法は中国の殷いん代から始められ、中国と日本で共通に今日まで継続している。また、年に干支をつけて表す干支記年法は紀元前三世紀頃から行われ、やはり中国・日本と共通に今日まで継続している。―大辞林第三版 による―

 

十干(じっかん)とは
十干の用語解説 – 甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)の総称。これに五行(ごぎょう)の木・火・土・金・水を結びつけ、さらにそれぞれ兄(え)(陽)と弟(と)(陰)を配し、甲(きのえ)・乙(きのと)  ―デジタル大辞泉 による―

 

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戯作者との関わり『掌中日本暗射図』・明治9年<響泉堂>名で出版か=中国語発音辞書『掌中四声玉編』

2019年12月25日 更新

 

書誌4点
●戯作者との関わり
響泉堂名で出版   

●森琴石【響泉堂】の出版書誌数は200を優に超える
(但し国立国会図書館サーチでの点数のみ)
森琴石【響泉堂】書誌分野は極めて多彩

 

 

最近の資料から、書誌情報4点ご紹介

 

明治9年…「響泉堂」名で出版していたようだ

1大阪府管下細見新図

a 「日本の古本屋」 古書検索による

著編者   :新井隆存編、
出版年月:明治9年1月(1876)1
出版         :響泉堂
材質技法:彩色木版
サイズ:49×73cm

b 参考資料
国立国会図書館サーチによる
著者  :新井隆存
出版  :小川新助(大阪)
出版年:明治9年(1876)5月
サイズ:地図 1枚 : 色刷 ; 49×72cm (折りたたみ13cm
注記    :分図: 攝津國全圖, 大阪府管轄全圖

★新井隆存について
『日本政記譯語 上下巻』での情報
著者 :新井隆存
出版 ::新井新助
サイズ:18.5×13㎝
奥付
明治9年6月12日版権免許
同年10月25日 出版

奥付より
新井隆存=福岡県士族/筑前国志摩郡新町浦
住居 大阪市第6大区3小区9番野田村168番地 中村多賀助寄留(奥付)

★森琴石は筑前の人と多数交流があった

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 2『掌中四声玉篇』
   データ:国立国会図書館サーチ⇒熊本県立図書館(要検証)
    中国語の発音辞書
・・著編者  :響泉堂編
・・出版    :響泉堂
・・出版年月 :明治11年(1878)
・・頁数    :384頁
・・サイズ    ;12㎝
  ●データのみ 現物未調査

四声(しせい)とは
中国語の声調を、中古漢語の調類に基づいての4種類に分類したもの。中国音韻学では平声・上声・去声・入声をいう。= ウィキペディア 

 

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戯作者とのコラボ
『掌中日本暗射図』  データ=国立国会図書館サーチ

 著者           :友嶋吉兵衛(知足館松旭)
出版           :小野木市兵衛(大阪)
出版 年月日 :明治9年5月(1876)
材質技法      :銅版色刷 地図 響泉堂
寸法           : 26×36cm (折りたたみ9cm)

★知足館松旭 ちそくかん-しょうきょく
江戸後期-明治時代の戯作者。弘化3年(1846)岳亭丘山(きゅうざん)の跡をひきつぎ,読み本「俊傑神稲水滸伝(しゅんけつしんとうすいこでん)」5編の執筆にとりかかり,明治15年ごろ28編を完成させた。
通称は友鳴吉兵衛。別号に友鳴庵,旭和など。
著作はほかに「絵本佐野報義録」「北条五代実記」など。(コトバンク)

岳亭丘山 きゅうていきゅうざん-  江戸時代後期の浮世絵師,戯作(げさく)者。画を堤秋栄,魚屋(ととや)北渓,葛飾北斎に,狂歌を窓村竹(まどの-むらたけ),六樹園(石川雅望(まさもち))にまなび,文化年間(1804-18)に活躍

 ★森琴石と浮世絵師(森琴石HP記述分)
●蔀関牛 森琴石調査情報【平成18年 8月】【2】
●羅雪谷、小林清親、河鍋暁斎
森琴石調査情報【平成20年 5月 【1】■3番目
https://www.morikinseki.com/chousa/h2005.htm
●藤原信一
森琴石調査情報【平成20年 6月】【1】1■3番目●5つ目
https://www.morikinseki.com/chousa/h2006.htm

★永田方正訳、響泉堂刻『暗射地球訳図』(明治8年12月、大阪書林岡田蔵版)についは
森琴石調査情報【平成17年 1月】https://www.morikinseki.com/chousa/h1701.htm で記述しています。

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袖珍銅版
『増補改訂 皇国万民必携』
データ:森家所蔵分
司法.訴訟手続法

編者   :三木彦七
出版人  :大阪 三木美紀
出版年月日:明治12年(1879)5月
響泉堂刻口絵など 3カ所に細密銅版画・1カ所「山本龍玉堂刻」
叙文   :大槻如電
上下巻合本 (上巻 149丁・下巻 66丁)
サイズ  :13㎝x8,5cm
注記   :時計型新暦早見表・折りたたみ電信賃銭表 あり
末尾に地方別捌所(147か所)・三木書楼出版書目(220以上)が記載

★三木彦七について
三木美紀の養子か?
袖珍銅版  増補改訂『皇国万民必携』の奥付に記述あり
下方の画像をご覧ください

 

★森琴石と三木美紀

『九十七時二十分間月世界旅行』●
著者     :ジュールン・ヴェルヌ
翻訳     :井上勤訳
原図(挿画)模刻 :森琴石【響泉堂】
出版              ::三木美紀
出版年             :明治14年3月

森琴石HP,作品紹介「銅版画」
『九十七時二十分間月世界旅行』より
 マストン氏想像ノ巨砲圖 (明治13年(890) をご覧下さい

※備考 
三木美紀は初代三木佐吉の長女。三木佐吉は中国で精力的に書籍販売をしていたという。
岸田吟香の中国での書誌販売については 既に調査が行き届いているが、
三木佐吉の出版書籍については、今後の調査が期待されます。

 

大槻如電  おおつきにょでん
学者。江戸生。大槻磐渓の長男、大槻文彦の兄。
名は清修、通称は修二、字は念卿。仙台藩『新撰字書』の編集に従事する。
学は和漢洋に通じ、日本音楽歌曲に通じていた。昭和6年(1931)歿、87才。
(コトバンク)

大槻如電の著書
『小学修身談』
著者    :永田方正・大槻如電共著
出版    :三木美紀・柳原喜兵衛
出版年   :明治12年1月
森琴石調査情報【平成17年 1月】■1番目注2 永田方正著によるもの
で、記述しています

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袖珍銅版
『増補改訂 皇国万民必携』 画像

                                  背表紙表紙 背表

口絵(響泉堂刻)口絵

       

叙文(大槻如電)大槻如電 序文 

 

                               目次(上巻)目次 上巻         目次(下巻)目次 下巻

 

奥付(三木彦七、三木美紀)   奥付け右枠外 に‐ 大阪出張山本龍玉堂刻‐の文字
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山本龍玉=玄々堂松田緑山の門下=高橋由一と同門
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  (森琴石、洋画法の師)

奥付け

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  枠の外の文字(大阪出張山本龍玉堂刻

大阪心斎橋北久宝寺寺町角三木書楼出版書の

15頁目(次頁が末尾)
左頁、右から3番目

『皇国万民必携』
洋本仕立袖珍美本 阪府三木彦七編輯定価金壱円 二冊 皇国万民必携(右から3つ目)

 

 

 

 

 

 

 

 

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盛岡市  原敬記念館「原 敬と皇室」展:森琴石「澗閣松雲図」展示

2019年10月21日 更新

 

原敬記念館で「原敬と皇室」展
・・・
明治から昭和にかけての関係資料20点


森琴石「澗閣松雲図」展示~


以下の文章は

インターネットで公開されている「盛岡経済新聞記事」より転載させて頂きました

https://morioka.keizai.biz/headline/2933/

 

 

 

森琴石作品(岩手 盛岡経済新聞 )

 

 

 

 

 

御即位記念特別収蔵資料展「原敬と皇室」

「原敬記念館」(盛岡市本宮4)で現在、御即位記念特別収蔵資料展「原敬と皇室」が行われている。(盛岡経済新聞)

10月22日に行われる「即位礼正殿の儀」を記念して企画した同展。新天皇即位を祝い、原敬と皇室の関係にまつわる同館の収蔵資料を一般公開する。

 会場では、明治・大正・昭和の3ブロックに分け、各時代の天皇と原敬のつながりや交流を紹介する資料20点以上を展示。

明治のブロックでは、原敬が27歳の時に初めて明治天皇に謁見(えっけん)した資料や、原敬に下賜された明治天皇の遺品「森琴石(もりきんせき)画『澗閣松雲図(かんかくしょううんず)』などが並ぶ。

原敬が最も長く使えた大正天皇は、「原敬日記」に記された記録から、心温まる交流や厚い信頼があったことを紹介する。

 昭和ブロックでは、昭和天皇・裕仁親王のヨーロッパ訪問に原敬が尽力したことを中心に紹介。裕仁親王帰国後の「原敬日記」には「快活になられた」という記録があるほか、皇太子自身が「人格形成に影響した」と話した記録もあるという。

開催期間
2019年10月12日(土)~11月24日(日)

時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)

入館料・料金
高校生以上200円(団体120円) 小中学生50円(団体30円)

場所
原敬記念館常設展示室

展示内容
・原敬日記(岩手県指定文化財)
・ボンボニエール
・森琴石画「澗閣松雲図」(明治天皇遺品)
・辞令「大礼使長官」 他

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 原敬記念館及び「澗閣松雲図」については
2012年11月30日付けで記述しています。

タイトル
森琴石山水図:「原 敬」にご下賜
大正元年大晦日:明治天皇のご遺品が原 敬に(森琴石山水図)

 

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台風19号のお見舞いを申し上げます

2019年10月19日 更新

 

台風19号による被害を受けられた皆様に
心よりお見舞い申し上げます。

このたびの台風は、
  各地に甚大な被害をもたらしました。

被害に遭われた方々へは、
謹んでお見舞い申し上げますと共に、
  一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

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