What’s New?  について

[森琴石]のホームページをCD化するに当り、最後のまとめにとりかかりたいと思います。

索引の充実及び画家系図のやり直しと並行し、諸情報のお知らせについては、平成23年12月より[What's New?]からご覧頂きたいと思います。

 [森琴石]の調査を開始してから13年経ちましたが、その過程に於けるさまざまなエピソードや苦労話などを、記録として残す必要があるとのご意見を頂戴しています。
調査情報ではお伝え出来なかった内輪的な事にも少々触れてみたいと思います。

ブログ形式の操作に不慣れな為、画像やイラストの挿入などがまだ出来ません。
徐々に覚えていきますので気長にお付き合い下さい。       2011年12月5日  筆者

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岩手 原敬記念館「原 敬と皇室」展:森琴石「澗閣松雲図」展示

2019年10月21日 更新

 

原敬記念館で「原敬と皇室」展
・・・
明治から昭和にかけての関係資料20点


森琴石「澗閣松雲図」展示~


以下の文章は

インターネットで公開されている「盛岡経済新聞記事」より転載させて頂きました

https://morioka.keizai.biz/headline/2933/

 

御即位記念特別収蔵資料展「原敬と皇室」

「原敬記念館」(盛岡市本宮4)で現在、御即位記念特別収蔵資料展「原敬と皇室」が行われている。(盛岡経済新聞)

10月22日に行われる「即位礼正殿の儀」を記念して企画した同展。新天皇即位を祝い、原敬と皇室の関係にまつわる同館の収蔵資料を一般公開する。

 会場では、明治・大正・昭和の3ブロックに分け、各時代の天皇と原敬のつながりや交流を紹介する資料20点以上を展示。

明治のブロックでは、原敬が27歳の時に初めて明治天皇に謁見(えっけん)した資料や、原敬に下賜された明治天皇の遺品「森琴石(もりきんせき)画『澗閣松雲図(かんかくしょううんず)』などが並ぶ。

原敬が最も長く使えた大正天皇は、「原敬日記」に記された記録から、心温まる交流や厚い信頼があったことを紹介する。

 昭和ブロックでは、昭和天皇・裕仁親王のヨーロッパ訪問に原敬が尽力したことを中心に紹介。裕仁親王帰国後の「原敬日記」には「快活になられた」という記録があるほか、皇太子自身が「人格形成に影響した」と話した記録もあるという。

開催期間
2019年10月12日(土)~11月24日(日)

時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)

入館料・料金
高校生以上200円(団体120円) 小中学生50円(団体30円)

場所
原敬記念館常設展示室

展示内容
・原敬日記(岩手県指定文化財)
・ボンボニエール
・森琴石画「澗閣松雲図」(明治天皇遺品)
・辞令「大礼使長官」 他

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 原敬記念館及び「澗閣松雲図」については
2012年11月30日付けで記述しています。

タイトル
森琴石山水図:「原 敬」にご下賜
大正元年大晦日:明治天皇のご遺品が原 敬に(森琴石山水図)

 

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台風19号のお見舞いを申し上げます

2019年10月19日 更新

 

台風19号による被害を受けられた皆様に
心よりお見舞い申し上げます。

このたびの台風は、
  各地に甚大な被害をもたらしました。

被害に遭われた方々へは、
謹んでお見舞い申し上げますと共に、
  一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

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森琴石の <きんぎょ>(木版、銅版)

2019年7月30日 更新

 

“ 暑 中 お 見 舞 い

・・・   申 し 上 げ ま す ”  

 

森琴石の代表著書の内
木版色刷『墨香画譜』及び銅版墨冊『南画独学揮毫自在』に、金魚を描いたものがあります。
人面魚のようにも見えます。
暑い折、森琴石のユーモラスな絵でしばしお楽しみください。

 

 

『墨香画譜 四』 19丁目
・・森琴石著・吉岡平助など出版・明治13年5月・木版色刷・18,3cm x 11,4cm

『墨香画譜 巻3』 金魚

 

 

『南画独学揮毫自在 四』 39丁目 右図
・・森琴石著・吉岡平助など出版・明治13年3月・銅版墨刷・13,3cm x㎝8,3 ㎝1

『南画独学 4』 右 金魚

 

 

近況ご報告

平素は森琴石の調査にご協力頂き 厚く感謝申し上げます。

まだ不安はありますが、背面の痛みや体調はかなり回復してきており、現在森琴石調査、再開しています。
貴重な情報がまだまだ増えています。
森琴石ホームページ調査情報で問題提起していた事柄(大阪画壇での出来事)を裏付ける資料など(森琴石日記)が現存しています。
面の平成21年7月 注2 森琴石→近藤翠石宛書簡中の人物

 

 尚、森琴石と中国絵画、森琴石と中国文人との交流 につきましては、研究者による論文等で順次ご報告出来る見込みです。(平成20年度中)


今後とも
森琴石調査に
ご教示及びご協力を賜りますよう
宜しくお願い申し上げます

 

 

 

 

 

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森琴石の「松溪読書図」が展示 (京都府八幡市立松花堂美術館)= 5月25日(土)~7月7日(日)

2019年5月18日 更新

 

 京都府八幡市立松花堂美術館
にて

「ご存知ですか? 大坂画壇 」展
・・・森琴石の「松溪読書図」が展示

 

 ●展覧会の概要は、八幡市立松花堂庭園・美術館 2019年初夏展
のホームページから転載させて頂きました。
http://www.yawata-bunka.jp/syokado/event/#ev494 )

 

ご存知ですか? 大坂画壇

江戸・京都と並んで、江戸時代の三大都市として栄えた大坂の町。
大坂の繁栄を支えた町人たちは、経済面だけでなく、文化面においても主な支持基盤となりました。
個性的な戯画で知られる耳鳥齋、上京して松村景文に学び、大坂に四条派の写生を広めた西山芳園、琳派絵師の中村芳中など、大坂の町に生まれ、また集った絵師たちを総称して「大坂画壇」と呼びます。大坂を舞台として活躍をした絵師たちの画風は狩野派から戯画まで幅広く、個性に満ちています。
この度の展覧会では、バラエティに富んだ大坂画壇の作品約40点を、個人コレクションよりご紹介いたします。

会期 : 2019年525日(土)~77日(日)

・開館時間 : 午前9時~午後5時(入館は4時30分まで)

・休館日  : 月曜日

・入館料  : 一般400円・学生300円・18歳以下無料(大学生除く)
(20名様以上団体割引)

 

 ☆展覧会プレミアムトーク <お抹茶とお菓子付き!>
 5月26日(日)、6月9日(日) 各日午後2時より、約50分

◎講習室で抹茶とお菓子をいただきながら、展覧会の見どころを
聴いてみませんか(約20分)。
その後は展示室に移動して、作品を見ながらポイント解説を
おこないます(約約30分)。

◎講 師 : 影山 純夫 (当館学芸顧問)
◎参加費 : 1,000円(観覧料・抹茶・お菓子代込み)
◎定 員 : 各回10名
◎申込方法: 事前にお電話、FAXまたはご来館にて受付
*展示室での解説(各日午後2時30分頃より)は申込不要・要観覧料

展覧会の詳細については、「主要な催し物」ページをご覧ください。

 

森琴石
「松溪読書図」は左下です

八幡市松花堂美術館展覧会 案内

■松花堂庭園は 国指定の 史跡・名勝です。絵画鑑賞と共に是非ご覧頂けたらと思います。

但し
平成30年6月ア8日に発生した”大阪北部地震”の被害のため、松花堂庭園は外園のみ開催。詳しくは電話にてお問合せ下さい。

・お問い合わせ : 八幡市立松花堂庭園・美術館
Tel:075-981-0010/Fax:075-981-0009

 

 

余談
★「松花堂昭乗」の4つ切り塗箱をヒントに松花堂弁当を考案した「吉兆」の創業者の湯木貞一氏が昭和52年に発行した豪華な料理書「吉兆」は、入江泰吉氏が写真を撮り、凝りに凝った製販を筆者の父(野村廣太郎)が手掛けた。当時 大卒社員の初任給が約9万円の時代、8万円するこの料理本は大きな反響を呼び、6000部たちまち売切れとなった。元船場吉兆の住所は、森琴石が若いころ住んでいた高麗橋の住所であるなど、少なからずご縁があります。
●森琴石の下絵に「松花堂猩々翁」の模写画が残されています。

 

 

 

 

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森琴石、天保14年の誕生日から176年を迎えました…3月19日

何処で撮った?

2019年3月19日  更新

 

森琴石は
~~~天保14年(1843)3月19日生まれです

な、な、なんとー
今年 2019年は 生誕176年になります

 

 

 

若年時の行動は謎のまま

若い…まだ10代の頃?

森琴石 幕末ひとりで

 琴石の背後は‥‥自画?  大きい作品のように見える…


絵筆姿


共に移っている人物は誰?  何故刀?  何処で撮った?

 

.

30代……銅版画に著書類、地図にと精を出した
来舶清人と交流し多々影響を受ける

琴石30くらい

    70歳頃…孫に囲まれて…バラを300種類栽培していた庭
       
調査情報 平成19年10月参照  https://www.morikinseki.com/chousa/h1910.htm


琴石庭大勢

森琴石の墓(大阪・四天王寺

墓碑の正面
上-先祖代々墓  中ほどー森琴石の名  下方ー森家の家紋


森家墓 正面
                      ・

墓石の裏面…明治39年建立(森琴石が生前に建立)
  森家の墓…明治39年7月建立

 

琴石の養子先の森家は安治川に家業を営んでいた為、
森家の墓所は、西九条墓地にあったが水害で流されたらしい。

四天王寺にある現在の森家の墓は、明治39年7月森琴石が生前に建立したもの。
墓は丈夫な鉄柵で囲われていたが、戦時中に供出させられたそうです。

 

 

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『墨香画譜』所蔵図書館の追加(ハーバード大学・アメリカ議会図書館 他3館)

2019年1月18日 更新

 

前回
お正月の飾り物「仏手柑」:森琴石著『墨香画譜 4』より で、
森琴石著(画)『墨香画譜』ですが、世界での所蔵館をご紹介しましたが、
新たに5カ所判明しましたのでご紹介させて頂きます。

前回分にも今回分を追加記述させて頂きました。

 

『墨香画譜』所蔵図書館の追加
新たに判明した分は茶色で表示しています

 

アメリカ
スタンフォード大学図書館
ハーバード大学図書館
オハイオ州立大学図書館
アメリカ議会図書館(ワシントン)

 

イギリス
大英博物館

 

オーストラリア
国立図書館

 

オランダ
ライデン大学図書館

 

韓国
国立中央図書館(ソウル)

 

中国
国家図書館(北京)
香港科技大学図書館
香港バブティスト大学図書館


※ world cat詳細検索  kw:Kinseki Mori  ti:Bokko Gafu‘   での検索結果 による

 

 

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お正月の飾りもの「仏手柑」:森琴石著『墨香画譜 四』より

2019年1月5日 更新

 

 

新年おめでとうございます
年もよろしくお願い申し上げます

 ◆お正月の飾りもの「仏手柑」ご紹介

森琴石著『墨香画譜 四』に森琴石が描いた「仏手柑」が取り上げられています

◆『墨香画譜』は、森琴石の3大著書の1つ

◆『墨香画譜』は世界でもされて評価されている

情報元
『住ムフムラボ』 
http://www.sumufumulab.jp/
2017年12月21日
 コラムニスト               橋爪節也氏
タイトル
第14回 年末年始、祝祭的な色彩を求めて〜日本のガウディから
仏手柑(ぶっしゅかん)そしてネオンアートからゴッサム三題噺」

 

『墨香画譜 四』  第4図目

※お断り 版画の色調が薄くなっています

仏手柑(墨香画譜4)

仏手柑(ぶっしゅかん)香酸柑橘

仏手柑の特徴

先端が指先のように分かれている「仏手柑(ぶっしゅかん)」。「手仏手柑(てぶしゅかん)」とも呼ばれ、鮮やかな黄色い皮はゴツゴツとして、柑橘の仲間なのに果肉がほとんどないというユニークな果物です。

仏手柑は主に観賞用として栽培されることが多く、お正月飾りやお茶席の生け花などにも使われています。食べる場合は、皮をマーマレードに利用したり、砂糖漬けにするのが一般的です。

原産地はインド北東部で、「シトロン」の変種だと考えられています。仏様の手のように見えることからこの名前になったそうで、英名は「フィンガード・シトロン(fingered citron)」といいます。またシトロンは実が割れておらず丸いことから、別名「丸仏手柑」とも呼ばれます。

日本へは室町時代~江戸時代に伝わりました。当時いくつかの書物に登場していますが、江戸時代に書かれた「大和本草」(1709年)には「近年渡来したもの」「果物とは言い難い」「香りがよい」などの特徴が記されています。また「大和本草批正」(1780年)では、仏手柑の項目に「テブシュカン」との記述があり、マルブシュカンのことを「枸櫞(くえん:シトロン)」と記しています。

果物ナビ(https://www.kudamononavi.com/zukan/kousan/busshukan)より転載させて頂きました

 

『墨香画譜 1,2,3,4』

●明治13年5月20日/森琴石著/吉岡平助等出版

●森琴石の三大名著のひとつ のみならず 明治期の名著でもある

●各国の名だたる図書館などで所蔵

アメリカ
スタンフォード大学図書館
ハーバード大学図書館
オハイオ州立大学図書館
アメリカ議会図書館(ワシントン)

イギリス
大英博物館

オーストラリア
国立図書館

オランダ
ライデン大学図書館

韓国
国立中央図書館(ソウル)

中国
国家図書館(北京)
香港科技大学図書館
香港バブティスト大学図書館



●中国では『墨香画譜』の影印版(復刻版)が出版されています

日本人では森琴石のみ取り上げられている
森琴石の清国文人との関係…今後の更なる調査が期待されます

平成12年、中国山東省済南市の”山東美術出版社”より『中国古画譜集成・第22巻』ので復刻出版されています。
⇒尹痩石 等輯 /二〇〇〇年/ 濟南山東美術出版社 景印本/墨香畫譜不分卷・日本 森熊 繪1/明治十三年刊本 とあり
全国漢籍データべース協議会・日本所藏中文古籍數據庫(京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センターが管理、運営)

 

◆森琴石ホームページでは『墨香画譜』について多数取り上げています。
リンク&所蔵情報 著書『墨香画譜』など
 森琴石HP,トップ頁のgoogleカスタム検索機能にてご覧下さい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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呉 孟晋氏の論文…『野崎家における王冶梅の画業』に、森琴石が掲載

2018年9月2日 更新

 

呉 孟晋氏の論
『野﨑家における王冶梅の画業』に、森琴石が掲載

 

呉孟晋氏の論文
…野崎家(岡山県児島の塩業主)所蔵書画の調査に基づく
……野崎家=王冶梅の書画が纏まって所蔵
……野崎家に森琴石の書簡が存在

 

呉孟晋(くれ もとゆき)氏
独立行政法人国立文化財機構京都国立博物館, 学芸部列品管理室, 主任研究員
2018年より<来舶清人の研究>に取り組んでおられます

呉先生の業績及び過去の執筆類は
―京都国立博物館ホームページ、研究員紹介- をご覧ください
https://www.kyohaku.go.jp/jp/gaiyou/research/t-kure.html

 

論文の概要
タイトル  :野﨑家における王冶梅の画業.
執筆者   :呉 孟晋 (京都国立博物館 )
発行年月日 :2018年3月28日
目次
 はじめに
 一 . 王冶梅について
 二 . 野﨑家来訪の経過
 三 . 野﨑家に伝わる書画作品
 四 「四季山水図」(十二幅. )について.
 おわりに
森琴石掲載箇所
文章・写真・注釈=3、4、7、8、9頁

野上家及び、王冶梅との関係は、
呉孟晋氏の論文の ‐はじめに‐、と ‐一・王冶梅について‐ の一部を
転載させて頂きました。
興味深い内容です
是非お読みください

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岡山大学大学院社会研究科『文化共生学研究』第17号 2018年 抜刷

野崎家における王冶梅の画業

呉 孟晋

はじめに
 江戸時代以降の近世日本に渡来した中国・清朝の文人は「来舶清人」といい、明朝末期から清朝初期の黄檗僧につづいて当時先端の文人文化を日本に持ち込み、日本の文人たちを大いに魅了した。とくに画事においては、享保(一七一六~一七三六)から文化・文政年間(一八〇四~一八三〇)あたりにかけて、「来舶四大家」に数えられる伊孚九、張秋谷、費漢源、江稼圃が来泊地の長崎にて当地の文人たちとかかわりをもち、池大雅や田能村竹田ら江戸の南画壇に大きな影響を与えたことはよく知られている。その掉尾を飾るのが、清朝末期の光緒年間(一八七五~一九〇八)、すなわち明治時代の日本に渡来してきた文人たちである。①
アーネスト・フェノロサや岡倉天心らによる西洋の視座からの日本画改革が模索された時代において、従来の南画は「つくね芋山水」と批判されることとなった。しかし京阪神を中心にして長崎にいたるまでの西日本地域では、東京を中心としたフェノロサたちの動きとは関係なく、詩・書・画の三芸壇すべてにおいて来舶清人の需要は依然として高いものがあった。彼らは各地の書画家や漢学者たちの手引きで雅会を開催し、詩書画の応酬をとおして生計を立てた。本稿でとりあげる王冶梅(一八三一~一八九一~?)もそうした需要に応えるべく、光緒三年(明治一〇年・一八七七)に初めて長崎の地に降り立った来舶清人のひとりである。

明治一六年(一八八三)の春、王冶梅は何度目かの来日にあたって、岡山県児島郡味野村(現倉敷市児島味野)にて製塩業をいとなむ野崎家に約一月半滞在して、三〇件弱の書画作品を製作した。②   茶事につうじて、煎茶道も嗜んでいた野崎家にとって、来舶清人は喫茶をとおしてた明清の文人文化を体現した存在として歓迎すべき賓客であり、王冶梅の来訪は、彼に前後して滞在した胡鉄梅(一八四八~一八九九)や陳曼寿(一八二五~一八八四)、衛鋳生(生卒年未詳)、王冶本(一八三五~一九〇八)らとともに大きな足跡を残すこととなった。

なかでも、長期滞在した王冶梅については作品の数が抜きん出て多く、彼の在日期の代表作ともいうべき四季折々の景観を十二幅の山水図に描き分けた「四季山水図」(一八八三・野崎家延慶歴史館蔵)を含んでいる。そのため、王冶梅は野崎家を訪ねた来舶清人のなかでも象徴的な存在といえよう。
本稿は、野崎家塩業歴史館が所蔵する王冶梅の書画作品を概観することで、野崎家と王冶梅のかかわりを明らかにするものである。作品に描かれた主題や題識はもちろん、野崎家の業務日誌に相当する『売用日記』や当時の新聞・雑誌に残る王冶梅の関連記事を紐解くことによって、野崎家における王冶梅の画業を整理してみたい。これまで来舶清人の活動の実態については、博物館や美術館などにおいてもまとまった収集がなく、散在する作品をとおして断片的にうかがうことしかできなかった。野崎家における王冶梅作品は、そうした空白域を埋める貴重な手がかりとなるものであり、明治期の日本においても衰えることになかった詩書画にたいする尊崇と憧憬の様相を明らかにするものである。

一・王冶梅について
 王冶梅は名が寅で、江蘇江寧(現南京)の人。③  詩書画に秀でた職業文人である。咸豊三年(一八五三)以降は太平天国による動乱のため、六合、棲霞山、興化など江南地方の各地を転々とし、画を鬻ぎながら糊口を凌いだ。上海に客寓してからは、とくに現地の日本人の間で画名が高まった。光緒三年(明治十年・一八七七)、日本人有志に請われて長崎を訪れたことを端緒にして、以後、日中間を頻繁に往復する。とくに京阪神を拠点とし日本各地を旅して雅会を開催したり、有力な顧客のもとに滞在したりして潤筆料を得た。野崎家での画作もそうしたなかでのことである。出版事業にも深く関わり、『歴代名公真蹟縮本』(一八七九)や『冶梅石譜』(一八八一)、『冶梅蘭竹譜』(一八八二)などの画譜を編み、明治初期の日本の南画界に大きな影響を及ぼした。
野崎家における王冶梅の画業をみる前に、彼が日本滞在時に描いた典型的な作品のいくつかにふれておきたい。
王冶梅は明治一〇年(一八七七)に初来日した後、翌十一年四月に病を得ていったん帰国するが、七月に再来日し、京都の老舗の調香・文具店である鳩居堂に寄寓する。明治十二年(一八七九)五月に再び帰国。同年夏、三度目の来日したのちはしばらく日本にとどまり、明治一八年(一八八五)に帰国した。④ おもに京阪神にいた王冶梅は、儒学者の藤沢南岳(一八四二~一九二〇)や南画家の森琴石(一八四三~一九二一)をはじめとする京阪神の文人と交流したりしていた。数多くの画譜出版は森琴石らとの協業による成果であり、明治期の来舶清人のなかでも、最も深く日本の文人社会に溶け込んだひとりであったといえる。⑤
以下省略します

注釈
① 明治期の来舶清人の概略については、陳捷「一八七〇~八〇年代における中国書画家の日本遊歴について」『中国:社会と文化』二四号、二〇〇九年七月を参照のこと。

② 野崎家にゆかりのある美術工芸品については、岡山県立美術館学芸課編『塩田王野崎家:ゆかりの人と作品』公益財団法人竜王会館、二〇一二年と同館編『塩田王野崎家:個性集う地方サロン』二〇一三年にて紹介されている。
③ 王冶梅の伝記については、次の先駆的な研究に詳しい。鶴田武良「王寅について:来舶画人研究」『美術研究』三一九号、一九八二年三月。
④ 「画人・書人略伝」『橋本コレクション 中国の絵画:来舶画人』展図録、渋谷区立松濤美術館、一九八六年、一〇八頁。
西上実「王冶梅と森琴石:近代文人画家と銅板出版事業の関わりについて」『中国近代絵画と日本』展図録、京都国立博物館、二〇一二年

 

※『野﨑家における王冶梅の画業』の内容は、全文インターネットでご覧頂きます
http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/55794/20180328142543578677/scs_017_(1)_(21).pdf

 

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森琴石と王冶梅の関係
●日中交流、日中書画研究者の研究対象となる
・・陳捷氏・西上実氏・呉孟晋氏・・
●王冶梅は森琴石と親密交際していた
 ・・・書簡&筆談記録が残る
・・・・・…<多くの清人が地方の名家を訪問したのは、皆自分が
紹介した…>と、記している
 ・・・多数の森琴石著<銅版袖珍本>への揮毫・、銅版書誌を共同出版
●野崎家への紹介は森琴石の可能性あり

今後の予定
●陳捷氏(現東京大学大学院人文社会系研究科 教授)は、
<明治時代の銅版印刷について>調査中で、今後論文などで発表予定。
呉孟晋氏
<来舶清人の研究>を深められるそうです。

日中文化交流の第一人者により、森琴石と来舶清人は研究対象となり続けています。
今後の成果が待ち遠しいものです

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森琴石と王冶梅

森琴石HP 掲載カ所

清国人の書簡
https://www.morikinseki.com/shiryou/syokan.htm#sinkoku)に略紹介

2016年4月12日
森琴石属 「胡鉄梅・王冶梅 牡丹蛺蝶図」:2月8日 日経朝刊に掲載
https://blog.morikinseki.com/?p=2440

2015年5月8日
森琴石らの交流を記述した論文・・・中国で出版 でご紹介
( https://blog.morikinseki.com/?p=497 )

2013年4月12日
陳 捷氏の論文(森琴石と胡鉄梅などの交流を記述)が英語版で出版
https://blog.morikinseki.com/?p=497

2012年1月13日
「中国近代絵画と日本」展、解説付総目録
https://blog.morikinseki.com/?p=240

 

その他、森琴石HPトップ頁
下方 google 検索機能 「王冶梅」でご検索下さい。多数出てきます。

 

 

 

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西日本豪雨のお見舞いを申し上げます

2018年7月16日  更新

 

この度の西日本豪雨により
被災された
皆様ならびにそのご家族の皆様に
心よ
りお見舞い申し上げます。

皆様の安全と被災地の一日も早い復旧
心よりお祈り申し上げます。

 

被災された皆様が
一日も早く平穏な生活に戻れますよう
お祈り申し上げます。

 

 

 

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森琴石の地球儀出現!(明治8年製)、同年実父は紙風船折り畳み地球儀を制作か?

 

2018年6月25日 更新

 

明治8年製、
森琴石の地球儀現れる!!

【小型地球儀(木製)】
明治7年11月官許
同 8年3月刻成
森琴石校正蔵版
岡田茂兵衛発兌

同 8年、森琴石実父「梶木源次郎」・・・
・・・<紙風船折りたたみ地球儀>を作成?

 

Yオークションに非常に珍しいものが出てきました

森琴石地球儀

森琴作成作成の小型地球儀
【サイズ】高さ約19cm  幅約10.5cm ・
・・・時代箱入り

 

★オークションはあと1日で終了のようです。
終了後間もなく情報は削除されると思いますが、地球儀の画像は下のアドレスでご覧ください。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e284151040

 

★森琴石の実父梶木源次郎も同年紙風船折りたたみ地球儀を作成しています

●土浦市の山岡光信先生のサイト「地図測量の300人」の中、78番目にその情報が記述されています。

紙風船折りたたみ地球儀は、地図属領の300人の中
239.沼尻墨僊(ぬまじり ぼくせん 17751856
220.長島尉信(ながしま やすのぶ 17811867)という人が
傘式地球儀を作っており、それに近いものらしいです。
(山岡先生からご教示頂きました)

★以前から森琴石実父と思われる<梶木源次郎の地球儀>には目をつけていましたので、「とうとう森琴石の地球儀が現れたか!」というのが実感です。
●もしかすると、森琴石が作成した最も早い時期の銅版地図かもしれません。(明治8年には『永田改正暗射地球訳図』作成)

●小型地球儀は、茨城県土浦市の美術商からの出品です。

1:沼尻墨僊が、土浦藩の方であること、https://www.city.tsuchiura.lg.jp/data/doc/1236042111_doc_147.pdf

 ※沼尻墨僊(ぬまじりぼくせん)は茨城県土浦の人で、地理学を研究し、「地理書」を書き、世界地図の模写と傘式の地球儀を作成したことで知られています。
26歳の年には、世界各地について書いた地理学の研究書、「地球万国図説」を書きました。彼が作った傘式地球儀は、12本の骨と長さが40センチメートルほどの棒を持つもので、傘を開くように片方を押し上げると地図が開く仕掛けになっています。現在残っているのは、安政 2年(1855)に作られたもので、土浦市博物館に展示されています
出典=「傘式地球儀」(土浦市博物館パンフレットより)

2:地図測量研究第一人者の山岡光信先生が、土浦市の方であるなど、不思議なご縁を感じています

 

★今後更なる
森琴石の銅版画についての解明
・・・期待致します

今回の茨城県土浦から地球儀が出たことは、
明治6年、森琴石は東京に遊学し、高橋由一から洋画法を学んだ。
関東での交流者から森琴石の解明が深まる可能性があります

 

 

 

 

 

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