What’s New?  について

[森琴石]のホームページをCD化するに当り、最後のまとめにとりかかりたいと思います。

索引の充実及び画家系図のやり直しと並行し、諸情報のお知らせについては、平成23年12月より[What's New?]からご覧頂きたいと思います。

 [森琴石]の調査を開始してから13年経ちましたが、その過程に於けるさまざまなエピソードや苦労話などを、記録として残す必要があるとのご意見を頂戴しています。
調査情報ではお伝え出来なかった内輪的な事にも少々触れてみたいと思います。

ブログ形式の操作に不慣れな為、画像やイラストの挿入などがまだ出来ません。
徐々に覚えていきますので気長にお付き合い下さい。       2011年12月5日  筆者

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寒中お見舞い申し上げます

2021年1月20日  更新

 

凧あげ 女子

一年で最も寒い時期を迎えました。

お変わりなくお過ごしでしょうか?

コロナ禍での自粛期間中、
不自由な生活を余儀なくされる毎日ですが、
より一層お気をつけてお過ごしください。

本年も変わらぬご支援をお願い申し上げます。

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良いお年をお迎えください

 2020年12月28日 更新

 

 

皆様の御健勝と御多幸をお祈り申し上げます。
よいお年をお迎えください。 

雪 列車

 

 

 

 

 

 

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袱紗の下絵が現存(森家)…完成作品=サンフランシスコ アジア美術館 ONLINECOLLECTION 

2010年12月18日 更新

 

 10月11日ご紹介 の

サンフランシスコ
 アジア美術館 ONLINECOLLECTION

森琴石の袱紗(ふくさ)・・・・下絵が残る(森家)


森琴石の下絵の中に「かぼちゃ」があった事を思い出し探してみると、10月11日にご紹介した、サンフランシスコアジア美術館,
オンラインコレクション 森琴石の作品「掛けふくさ」の下絵が残されていました。

♣サイズがかなり大きいので、まさか袱紗の下絵であるとは、一度も考えてみた事がありませんでした。寸法を測ってみると、作品の寸法と殆ど変わらない事もわかりました。

ラフな下絵  完成作品
・・・変化した様子がわかります。

1000枚は残っている森琴石の下絵類、丹念に調べるとまだまだ面白いものに出会えるかも知れません。(綴じた状態の画稿資料を合わせると2000枚ほどになる)

 

ふくさ「かぼちゃ・とんぼ・けし・菊」
・・・作画…明治28年12月28日(1895年)

 

 下絵

・・縦 57,0cm x 横 47.o cm

下絵(カボチャ とんぼ けし 菊)


完成作品

 縦 57,2cm  x  横 46,5cm

ふくさ 柄

 

 

 

 

 

 

 

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森琴石の「牛図」…下絵、『森琴石翁遺墨帖 坤』、『南画独学揮毫自在』より

2020年12月13日 更新

 

お知らせ
前回10月11日投稿の
森琴石のふくさ…サンフランシスコ・アジア美術館‐オンラインコレクション‐

作品の下絵(かぼちゃ・菊・ケシ・蜻蛉)が存在していました。ふくさよりかなり大きなラフな下絵です。後日または後月、前回の投稿文中に挿入させて頂きます。

 

森琴石の牛図
来年の干支「丑」に因み森琴石の「牛図」をご紹介します。

 

森琴石の牛図

A 模写下絵

(1)「白衣観音と牛図 模本」
・・・紙本水墨・明治3年・号金石 
・・落款=「明治三庚午薄月後念五日募 金石艸堂蔵
・・・・・・・※庚午薄月念後五日募=明治3年5月25日過ぎ=森琴石満年齢27歳の時
※明治3年頃、森琴石の画室は「金石艸堂 きんせき そうどう」と名付けていた。

白衣観音 牛図(明治3年)
67.8x33.5㎝ 紙本水墨
画像=モノクロ写真のコピー。
原本の作者は不明。

  備考
  森琴石 調査情報【平成20年 4月】 
慶応3年、「漁夫図」を写した習作の裏面には「緑塢所蔵の副也」と書かれて いる。
... 明治3年 号金石: 「白衣観音と牛図 模本」=紙本水墨: 落款=「明治三 庚薄月念五募 金石艸堂蔵」   ※庚薄月念五=明治3年5月25日; ○ 明治4年 「響泉 亭」

B 下絵
(1)

●牛(下絵 墨)27.5x38.7
27.6×38.7cm


(2) 朱墨で割付線

●牛(下絵右 朱線割付)
27.0×55.7(全体)

  牛下絵 6頭 朱線
  27.3×39.5cm

 

C『 森琴石翁遺墨帖 坤』より

『森琴石翁遺墨帖 乾坤』について
森琴石遺作集(遺墨展出展作品を集めた遺墨画集。会場である大阪市北区正法寺に持ちこみやすい、比較的近場の所蔵者の作品が多いようだ。 *森琴石作品の集大成では無い)
20年ほど前に、作品名、所蔵者などの一覧をエクセルで作成したものがあります。
遺墨帖作品一覧 – pdf用

昭和2年(1927年)
編輯兼発行者:近藤翠石(門弟)

編集補助:佐野岱石、西尾雪江
乾 題字=内藤湖南  序文=藤澤黄坡  詩文=木蘇岐山
坤 森琴石小伝=近藤翠石
森琴石紹介 Mori Kinseki  をご覧ください

耕作図
材質 技法 寸法=絹本墨画・縦4尺5寸、横1尺5寸・
製作年=明治39年秋
所蔵者=奥野周造氏蔵

全体図                       ・・・・・    落款

 耕作図 落款(明治39年)

    

耕作図 下方(明治39年)

 

D『南画独学揮毫自在』 より
・・森森琴石の銅版画書誌琴石 調査情報【平成20年 12月】 (morikinseki.com)
森琴石の銅版書誌
明治13年3月24日 版権免許

編輯兼出版人=森琴石(大阪市東区南本町四丁目三十七番地 )
出版人=吉岡平助/北村宋助/中島徳兵衛/吉住音吉

(1)『南画独学揮毫自在  壱』

南画独学揮毫自在 壱 表紙
縦12.8横8.6㎝

 17丁 (左)               16丁裏(右)

17丁 牛(南画独学壱)
(2)『南画独学揮毫自在 四』

※注(1)とは若干サイズ等異なる

  41丁                  42丁      41丁裏
森琴石 識文 奧付 1

44丁
※この分の画像は森琴石 調査情報【平成20年 12月】 (morikinseki.com) のものを使用しています

牛 南画独学より実寸 縦 8,2cm/横 10.0cm


★『墨香画譜』や『南画独学揮毫自在』の画が、中国の出版書誌に収録されています。
(2018年、2020年)
玲和3年、一部ご紹介させて頂きます。

 

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※森琴石ホームページ
『南画独学揮毫自在』記載カ所

森琴石 調査情報【平成18年 12月】

https://www.morikinseki.com/chousa/h1812.htm
森琴石編輯兼出版の『南画独学揮毫自在 ◇』 が、北京の「故宮博物館」の「清 宮廷旧蔵品」として所蔵され、同院のホームページ、「故宮博物院 ネット博物苑 」で公開されている 注1。 □. 「故宮博物院」は、北京の中心部に位置し、明・ 清 …
https://www.morikinseki.com/tenji/link.htm
南画独学揮毫自在」は、古書市でも出回らない書物のようだ。 「書画題跋:落款 自在」. □行徳玉江編/森琴石画兼出版/明治13年9月. ◇「立命館大学図書館 西園寺 文庫」所蔵. ↓. 「国文学研究資料館・近代書誌データベース」で、著者”森琴石” …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1802.htm
南画独学 揮毫自在」はじめ上記三著書は、清時代の中国でも発売され、岸田吟香 の「楽善堂書目 注4」の書目リストにも存在する。同リストには上記以外の響泉 堂刻による「書誌」が存在する。 □. これまでの調査で、森琴石と岸田吟香との …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2108.htm
サムネイル画像
その内「題画詩集」・「南画独学揮毫自在」・「墨香画譜」・「名家画帖」には 、僅かではあるが画稿が残っている。残された画稿からは、新たな事実が浮かび あがる。それらを下記に記述します。 その1; 「名家画帖 注1」は、はじめは「 墨 …
https://www.morikinseki.com/kankei/gayuu_ya.htm
皇国古今名誉大家書画一覧」 (出版=吉岡平助他), 明13.10, 中川利八郎. ◇「大 日本現在名誉諸大家独案内」, 明13.10, 中川利八郎. ◇「南画独学揮毫自在 」 ( 出版=吉岡平助等), 明13.3, 森琴石. ◇「墨香画譜」 (吉岡平助等, 明13.5, 森琴 石.
https://www.morikinseki.com/chousa/h2012.htm
サムネイル画像
今月の話題. 【1】 情報ご提供2件; 1:大阪老舗表具師「井口古今堂」の<取引 先およびお出入り先住所録> に、森琴石の名; 2:画家番附表; 【2】 森琴石と パトロン; 【3】 「南画独学揮毫自在」より・・・・・・森琴石の「牛」の銅板 画.
https://www.morikinseki.com/chousa/h1811.htm
サムネイル画像
墨香画譜」・「南画独学揮毫自在」・「題画詩集」の三つの書誌は、森琴石の 経歴には森琴石の代表する著書名として必ず書かれている 注2。 □. 森琴石は 地図や教科書、辞書類などの著編者・挿画者として、或いは銅版製作所「響泉堂 」の名 …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2301.htm
サムネイル画像
… 自在」、「墨場必携 題画詩集」、「南画独学揮毫自在」、「刷り物類」、「 有馬温冷両泉分析表」、「有馬温泉炭酸水改良建築市外写真絵図」、「月瀬勝景 真図」、「地図」などの項目に分類され、それら銅版画の数は、281点に及ぶ 。
https://www.morikinseki.com/chousa/h2210.htm
サムネイル画像
【1】 森琴石旧蔵 「1隻2曲小屏風」 について: ○森琴石が枕屏風として使用: 揮毫者: 右曲:小原竹香・浅井柳塘・天野方壺・行徳玉江: 左曲:建部聴山・波部 竹 … 小原竹香は、森琴石著「墨香画譜」・「南画独学揮毫自在」への題字揮毫者 。
https://www.morikinseki.com/chousa/h1809.htm
サムネイル画像
森琴石の自著「南画独学揮毫自在」や「墨場必携 増補題画詩集※」の出版人や、 販売書肆(発兌書肆)からは、森琴石の書籍関係のネットワークを知ることが 出来、岡山にも多数の発兌人がいる 注1。 □. 上記【1】で記述した「岡山県 …

 

https://www.morikinseki.com/chousa/h1904.htm
明治18年10月6日歿。著書「節庵遺稿」. II:「名家画帖」(森琴石編/吉岡 平助・吉住音吉/明治13年3月)の題字揮毫者(号潜叟使用)」・「南画独学揮毫 自在 ニ」の揮毫者など。雅友・知友:池田正信の交流者・跡見花渓の師匠。 注3 .
https://www.morikinseki.com/chousa/h2001.htm
南画独学揮毫自在=平成18年12月【1】&11月【1】□2番目&9月【2】 &2月【1】・平成19年10月【1】□7番目&1月【2】□2番目・平成15 年8月□2番目 など. ○下絵4点. ↓「琴学入門」の写し: 安絃背面 安絃正面.
https://www.morikinseki.com/chousa/h1910.htm
森琴石は残した下絵類には、「本草画」とおぼしきものが少なからずあり 注8、 森琴石の代表三著書「墨香画譜」・「題画詩集」・「南画独学揮毫自在」などに も、薔薇が描かれている 注9。「南画独学揮毫自在」の画稿が現存する。 □.
https://www.morikinseki.com/ryakuden/sakuin_a.htm
☆北京故宮博物院の、ネット博物苑「故宮所蔵の日本文物展:絵画」には、跡見 滝の 『花卉図』一冊(1871年/絹本着色)が、「清宮廷旧蔵」として所蔵されて いる。 ↓ 森琴石=書籍の部で「南画独学揮毫自在」が所蔵。・・・・・・ …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1901.htm
長野県上田市にある、上田市立図書館・特殊コレクション「花月文庫」には、森 琴石著出版などによる「南画独学揮毫自在」・「題画詩集」が所蔵されている ※ 。花月文庫は、上田出身の銀行家「-第十九銀行の最後の頭取-」として活躍 …
https://www.morikinseki.com/chousa/h15.htm
森琴石の南画の師、「忍頂寺静村 にんちょうじ せいそん 注1」は、兵庫県津名 郡志筑(淡路島・しづき)の生れ。 … 明治13年、森琴石編著、響泉堂刻「南画 独学揮毫自在 なんがどくがく きごうじざい 四冊」の題字、序文、跋分の揮毫者 …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1609.htm
森琴石は「南画独学揮毫自在 巻三、四」(森琴石著編纂兼出版・銅版袖珍本・明 13年3月)で、「花鳥昆虫類」を略図解しており、画稿や綴じ帖などにも図解の ものを残している。 注2, 森琴石書簡の表面 :東京市小石川区久堅町 岡不崩先生
https://www.morikinseki.com/kankei/gayuu_sa.htm
森琴石著「南画独学揮毫自在」・「墨場必携 題画詩集」などの売捌書肆。 〔岸田 吟香著「清国地誌」 (東京 楽善堂/明治15年)の売捌人でもある〕. (一) 柴原 宗助. 自由民権運動家・教育者・地方政治家。 幼名恭二。号は秋村。後月郡井原 …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2109.htm
サムネイル画像
当時日本画であれ南画であれ、朦朧体の絵が求められ、美術商は画家にそれを 強い、画家も挙ってこの作風で描いた。 … 藤井竹外=「平成16年11月 注6 山成家画帖」・「平成18年12月◇南画独学揮毫自在(四) 市村水香」 など
https://www.morikinseki.com/kankei/s_nanga.htm
サムネイル画像
… 年12月【1】 注3 南画独学揮毫自在(ニ)」・「平成19年6月【1】□7 つ目」 ○森琴石より15歳年長の兄弟子。森琴石とは書誌出版でコンビを組んで いる。門弟「佐野琴岳(のち岱石に)」は、玉江歿後森琴石の門下となった。

 大村楊城

https://www.morikinseki.com/kankei/gayuu_a.htm
米沢藩外様外科医吾妻寿庵の三男として生まれ、明治6年1月17歳の時、独学 修業を志し上京した。 … 平成18年12月【1】◇南画独学揮毫自在(三)」・「 平成18年5月【4】」「平成13年1月□1番目」・雅友知友「大村楊城 交流者 」 …
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森琴石のふくさ…サンフランシスコ・アジア美術館‐オンラインコレクション‐

2020年10月11日 更新

 

サンフランシスコ 
アジア美術館 ONLINECOLLECTION 
森琴石の袱紗(ふくさ)

 掛け袱紗

表・・・丸に立ち沢潟(おもだか) 紋‐

裏・・・森琴石画「とんぼ、かぼちゃ、菊、けし」
    ‐画は明治28年12月28日(1895年)の作品


■ハロウィーンに因み ”かぼちゃ”を題材にした作品があります。

■アメリカカリフォルニア州にある サンフランシスコアジア美術館 オンラインコレクションに森琴石の「袱紗(ふくさ)」が紹介されています。

■“掛けふくさ“といわれ、贈り物や貴重品の上に被せるもので、上質の織物で仕立てたものです。

■表が家紋(丸に立ち沢潟)で、裏にはとんぼ・かぼちゃ・菊・けし」の図を森琴石が描いている。

■袱紗(ふくさ)は森家にも何種類かありますが、霊芝や松竹梅・果菜類などが殆どです。

■サンフランシスコアジア美術館 オンラインコレクションのものは<かぼちゃの上にトンボが止まっている>という、珍しい図柄なので紹介させて頂きます。
(但し、画像につきましては、不都合な場合がある場合は削除させて頂きます)

■家紋(丸に立ち沢潟)及び、 家紋の由来となる“勝ち虫=蜻蛉(とんぼ)”を描いている事などから、元の所蔵者のご家系が想像出来そうです。
備考1

サンフランシスコ アジア美術館

サンフランシスコアジア美術館は
アメリカ、カリフォルニア州にある美術館で、アジアの国々の貴重なコレクションを展示している美術館。17,768点の所蔵品の中心は、中国美術6,900点、次いで日本美術5,200点。常設展示のギャラリーは、南アジア、西アジア、ヒマラヤ、東南アジア、中国、韓国、日本の7地域に分かれている。

 

ウィキペディアより
(サンフランシスコアジア美術館チョン・ムーン・リー アジア芸術文化センター世界で最も包括的なアジアの美術コレクションの1つを収容し、その常設コレクションには18,000以上の芸術作品があり、6,000年前のものも含まれています。
 以下略




備考2
沢潟(おもだか)紋の由来
丸に立ち沢瀉
①   日本の家紋より https://kamondb.com/plant/422/
日本十大紋の一つ。オモダカは池や沢、田んぼなどに自生するクワイに似た水草で、可憐な花を咲かせます。古くは王朝時代に貴族の車や武具の文様として用いられ、やがて家紋に転じたものと云われています。

沢瀉は面高「面目が立つ」に通じるとか、葉の形が矢じりに似ている、別名「勝ち草」とも呼ばれるなどのことから、武人の家紋として普及しました。毛利元就が戦に臨む時に沢瀉に蜻蛉(トンボ)が止まったことを吉事として用いたという故事があります。

②   ウィキペディアもご覧くださいhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E7%80%89%E7%B4%8B

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サンフランシスコ 
アジア美術館 ONLINECOLLECTION

Gift cover with design of dragonfly, pumpkin, chrysanthemums, and poppies

http://searchcollection.asianart.org/view/objects/asitem/subject@chrysanthemum/20?t:state:flow=0298ba58-0b91-4ab6-9335-51edbf4d8a33

 

原文
Gift cover with design of dragonfly, pumpkin, chrysanthemums, and poppies

Artist: Mori Kinseki (Japanese, 1843 – 1921)
Date: 1895
Historical Period: Meiji period (1868-1912)
Object Name: Gift cover
Materials: Ink, color, and gold on silk
Dimensions: H. 22 1/2 in x W. 18 5/16 in, H. 57.2 cm x W. 46.5 cm
Credit Line: Gift of Peter and Beverly Sinton
Department: Japanese Art

Collection: Textiles
Object Number: 2015.67
On Display: No


<…以下森流の書き方をしています>

サンフランシスコ アジア美術館 オンラインコレクション

掛け袱紗「とんぼ、かぼちゃ、菊、けし」

画者=森琴石
製作年=明治28年(1895年)
寸法=縦57.2 cm x 横 46.5 cm
材質,形状
袱紗
           家紋面…?織・紋(丸に立ち沢瀉<おもだか>)
   図柄面…絖本? 着色画(とんぼ・かぼちゃ・菊・けし)
   房  …金糸(4隅のうち1か所欠損)

クレジットライン=ピーター&ビバリーシントン(ご夫妻)の贈り物
部門=日本美術
コレクション=織物
オブジェクト番号: 2015.67

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

画像

袱紗 

・・・ 森琴石画  ~乙未季冬念八日 琴石寫~
・・・・・・・・・・・・・・明治28年12月28日
・・・・・・・・・・・・・・・・(1895年)
かぼちゃ 

 
ふくさ 柄                      

 

家紋面(丸に立ち沢潟紋)

袱紗 家紋         袱紗裏(家紋)

・・・・・・  ・

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2020年12月18日 追記 (

以前、森琴石の下絵の中に「かぼちゃ」があった事を思い出し探してみると、上にご紹介の「掛けふくさ」の下絵がありました。
かなり大きいので、まさか袱紗の下絵とは、一度も考えてみた事がありませんでした。
寸法を測ってみると、完成作品とほとんど変わらない事もわかりました。
ラフな下絵が作品に変化した様子がわかります。
1000枚は残っている森琴石の下絵類、丹念に調べると面白いものに出会えるかもしれません。(綴じた状態の画稿資料を合わせると2000枚ほどあると思われます)

 

下絵 縦57,0㎝ x 横47,0  cm                                作品 縦 57,2cm x 横46,5cm

下絵(カボチャ とんぼ けし 菊)  ふくさ 柄

 

 

 

 

 

 

 

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<大阪森響泉堂銅刻>:『達爾頓氏生理書図式』(明治11年4月刊)扉の下方

2020年9月6日 更新

 

『達爾頓氏生理書図式』(明治11年4月刊)
扉下方の文字…大阪森響泉堂銅刻 とあり

 

●2020年7月後半、森琴石の資料をインターネットで探していたところ、某人気フリーマーケットサイトに、明治11年1月刊行の『爾頓氏生理学書図式』が出ていました。

●出品書誌の画像は扉の上部に2カ所蔵印がある以外、背表紙の上方と下方が経年で破損しているものの、中身の銅版印刷は極めて良好な状態で写っていました。

●某古書サイトでの販売価格は3万5,000円ですが、これは何と2000円なのです。何年か前には7・8万円、いや10万円以上の値がついた事もあり、到底買えないとあきらめていました。今回の価格は余りにも安く信じられない気持ちでしたが、これは “絶対に買わなければ!”と、躊躇せず<購入>にクリックしたのです。。

●届いた書物の手ざわりを確かめ、表紙を見、めくった瞬間、余りの嬉しさに気持ちの昂りをしばらく抑えきることが出来ませんでした。

なんと!!

●扉の飾り枠の下方にある「・・・・・・・刻」とあるところを見ると
<大阪森響泉堂刻>となっているではありませんか!

●扉の上方に押された<所蔵印>から推測すると、数々の戦火や災害を逃れ、場所を変えながらも、大事にされていた事が窺えます

●蔵印から察して出品者の方は “ゆかりのある人” かも知れず、“大事にしてくれる人に持って貰いたい!”と願って出品して下さったように思えてなりません。

●『達爾頓氏生理学書図』の翻訳者  物部誠一郎は、大阪病院の医師で、緒方惟準や緒方拙斎と同僚だった。

 

備考
生理学とは…
人体を構成する各要素(それは組織、器官であったり細胞であったりする)がどのような活動を行っているかを解き明かす学問。(
byウィキブックス)
2018年ノーベル賞生理学・医学賞を受賞した「本庶佑」先生のご研究もこの分野です。

※物部誠一郎は、森琴石の晩年の主治医だった可能性があり(森琴石日誌)、森琴石の周辺には、この分野で高名な 緒方惟準・緒方拙斎・堀内謙吉などがいます。

森琴石ホームページ
森琴石門下 堀内謙吉 調査情報平成23年5月
●堀内謙吉は、緒方洪庵の外孫として誕生、
鼻咽喉科の名医として、
中江兆民の咽頭がん
を告知した事で有名 
●堀内謙吉の父、堀内國利は、明治3年、陸軍軍事病院を緒方惟準と共に創設した。
脚気撲滅に貢献した人物。
●脚気論争については
「柏崎通信」で 梶谷恭巨氏が詳しく記述されていますhttp://kashwazakitushin.blog.shinobi.jp/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%AD%A6/%E8%84%9A%E6%B0%97%E8%AB%96%E4%BA%89%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%88%E7%B6%9A%E3%81%8D%EF%BC%89_119

2013年1月17日記述

緒方惟準伝 緒方家の人々とその周辺』に、森琴石周辺人物が登載

 

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『爾頓氏生理書図式』の概要

    明治11年4月刊行
 サイズ 縦24.7㎝x横17.5㎝

 

扉             背表紙

(広島県公立三次病院の蔵印)他     (上方欠損)

扉(全)      背表紙

 ↓ 枠外下方に ―大阪森響泉堂銅刻― とあり扉下方 大阪森響泉堂刻

 

識文=物部誠一郎

 概要 (間違っているかも知れませんが・・)
前文略

自分は(著者物部誠一郎)、最近(明治11年)大阪医学校の教授に任命をされた。教授するにあたり、アメリカの達爾頓氏(ダジトン)の生理学書を教材にする事とした。ダジトン氏は紀元1875年(明治6年)生理学書を著した、この本は議論が精確で論旨がはっきりしている。自分はこの本を(妥協を許さず)改良して使っている、特に図式は織微詳密にするため、木版で模写すべきで無いと考え、銅版で別に鐫刻した。斯道の学者に読んで頂き、研究の一助になる事を切に願う。

物部誠一郎 識文

 

第46図(膵臓・十二指腸)         第184図(交感神経 、神経節)

第46図(十二指腸・膵臓)第47図(十二指腸壁)  第184図(交感系統の神経及神経節)他

 

奥付 1

奥付 1

奥付 2

奥付 2 左下 大阪響泉堂刻

 

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~参考まで~

緒方惟準は医業を離れ隠居した際、有馬の別荘「翠紅庵」を良く訪れたという。
緒方拙斎著「南湫詩稿 第2集」には、森琴石が「翠紅庵」を描いています。
               調査情報 平成23年2月
現在「翠紅庵」は、森琴石の生家 有馬温泉「中之坊・有馬グランドホテル」が所有されているそうです。

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その他 森琴石ホームページでの記述カ所

森琴石 調査情報【平成16年 3月】

https://www.morikinseki.com/chousa/h1603.htm
… にしお きちたろう 注8」は、「山陽新報」の創設者である。 □. 明治9年、 文部省刊「馬耳蘇氏複式記簿法」(馬耳蘇マルソ 著)・明治11年、「達爾頓氏 生理学図」(達爾頓 ダルトン著)など、簿記や医学の翻訳教科書にも関与して いる。

 
https://www.morikinseki.com/chousa/h1808.htm
サムネイル画像
達爾頓著・物部誠一郎訳・大阪文海堂・明治11年刊) 10冊目図版=響泉堂& 水口龍之介との銅鐫共刻・・原本摸図長谷川(貞)信翁. 「達爾頓氏 生理書図」 奥附. 「達爾頓氏 生理書図」 奥附. ※本来奥附は2頁にまたがっているため、1枚  …
 
https://www.morikinseki.com/chousa/h1907.htm
サムネイル画像
「達爾頓式 生理書図」に携わるなど、多少の医学の知識も持ち合わせていたと 思われる 注3。江戸末期に撮影したとされる、ガラス湿版写真版が森家に残る 注 4。森琴石の儒学の …
 
https://www.morikinseki.com/kankei/gayuu_ka.htm
関連事項=平成18年8月【3】 a [達爾頓 生理学書」奥附 ○森琴石と同門= 儒学の師が高木退蔵(号翠風)、岡玄卿※も同門。 (一). 川上泊堂先生. 先生名 は愿 字は次恭 泊堂は其號なり 別に平心庵と號し其居を静修亭と名く 嘉永元年戌 申 …
 
https://www.morikinseki.com/kinseki/douhanga.htm
琴石所刻の銅鐫作品で万目したものに、明治十年刊の日本地誌略附図、同十一 年刊の達爾頓(ダジトン)氏生理学書図式があるが、前者は左海書肆双鶴堂、 鈴木久三郎の出版で、後者は大阪松村九兵衞の出版である。水口龍之助との合鐫 になる …
 
https://www.morikinseki.com/kanren/kanren_a.htm
山中篤衛・松本瑞・花岡義章: ※物部誠一郎=府立大阪病院医師 大阪病院=大阪 日日新聞《森琴石と歩くおおさかの町》内大阪病院に記載/明治期半ば以降、森家 の家庭医であったようだ(森琴石日誌)/響泉堂刻「達爾頓氏生理書図式.

 

 

 

 

 

 

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2019年5月18日更新の”松花堂美術館展覧会”-森琴石「松谿読書図」の画像他追加

2020年8月1日 更新

 「令和2年7月豪雨災害」により
被害に遭われた地域の皆様に、
心よりお見舞い申し上げます。
皆様の安全と一日も早い復興を
心よりお祈り申し上げます。

2019年5月20日~7月7日
京都府八幡市の松花堂美術館で開催の

「ご存知ですか?大坂画壇」に、森琴石の「松谿読書図」が展示されます。

展覧会の前に、2019年5月18日更新 でお伝えさせて頂きましたが、その後主任学芸員の川端薫先生が、作品中の小さい描写に注目、同美術館のブログで、取り上げて頂いていました。

1年2か月余過ぎてしましましたが、本日ご紹介させて頂きます。
 クリックしてください
  https://blog.morikinseki.com/?p=3009
半ば以降に追加しています。是非ご覧ください。

 

 

 

※私ごとで誠に恐縮ですが、この4.5年 体調の不具合(頸・肩・腕・背中の筋肉挫傷など)で、パソコンへの操作が十分出来ずにいました。最近ようやく 画像の取り込みや、その他、細かい作業が以前ほど苦痛では無くなってきました。森琴石の調査、もう少し頑張りたいと思います。今後とも宜しくご指導や応援をお願い申し上げます。

 

 

 

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森琴石「蛙の図」…明治20年11月『虫類 模写帖』より

2020年6月27日 更新

 

◆森琴石「蛙の図」
・・明治20年11月『虫類など模写帖』より


虫類等研鑽
森琴石自筆「控え帳」に記述あり
・・・・・
明治39年10月「真美会」への作品提出書類の下書き

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

虫類模写帖」11枚綴り

1枚目
・・・
(綴じた状態)

縦27,0cmx横38,0cm

1 綴じ帖全体

 

8枚目

落款

明治廿歳次 丁亥冬十一月下瀚模寫 樵石
(明治20年11月下旬に模写)

樵石=森琴石の、昆虫画等での画号のようだ

11:蜘蛛、かたつむり等  落款 明治20年月模写=樵石

 

11枚目=最後

蛙図(アマ蛙・ヒキ蛙・アカ蛙 など)

10:カエル、赤とんぼ、あぶ等

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

森琴石自筆「控え帳」
縦22,5㎝x横15,3㎝・約210頁分記述)

表紙
1 控帳 表紙

 

 

 

 

初頭頁=鼎金城の伝記

2 控帳の最初 鼎金城伝
鼎金城の伝記取り上げカ所
ブログ  2014年10月21日

 

提出書類の下書き

明治38年10月「真美会」理事宛

・・・真美美術会については森琴石調査情報【平成16年 9月】www.morikinseki.com › chousa

3 明治39年10月 真美会提出 出品目録、委任状東京府知事千家尊福の名
千家尊福(せんげたかとみ)
出雲大社宮司・政治家。島根県生。尊澄の子。男爵・貴族院議員・各県の知事等を歴任。第一次西園寺内閣の司法大臣となる。政界だけでなく、東京鉄道会社社長等財界でも活躍した。大正7年(1918)歿、74才

4 明治39年10月 真美会  作品解説 鷹田其石・岡不崩の名

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鷹田其石(たかだ きせき)
・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1871~1946 富山県出身・日本画家

                       岡不崩(おか ふほう)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森琴石と親交
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成16年9月」・資料 書簡:岡不崩への書簡

・・右頁 履歴:7行目下
・・・・・・・「……花卉魚等ノ写生ヲ為す数年」と記述

5 明治39年10月 真美会提出:略歴及び褒賞1

6 明治39年10月 真美会提出 褒賞2

7 明治39年10月 真美会褒賞3

森琴石自筆 控帳について

情報満載
●師匠先輩の経歴褒賞、伝記、門弟住所、展覧会提出用の下書きなど…未公開情報多数
●上の画像中にも多くの情報が込められています。
ご興味がございましたら是非お読みください。
●控え帳
森琴石HP掲載カ所
資料:下書き
ブログ記述 投稿日:

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

森琴石HP掲載カ所

虫類写生帖

https://www.morikinseki.com/chousa/h2308.htm
今月の話題. 森琴石旧蔵 ―虫類、爬虫類、両生類など 模写帖―
: 未解明な模写帖: 模写画は森琴石、しかし落款名は「樵石 寿」
・・・・・・森琴石は「博物画」も目指したか?
【 1】. □. 「平成19年10月」では、森琴石がバラの愛好者で<自宅で栽培した薔薇は300  …
その他 
https://www.morikinseki.com/chousa/h2108.htm
サムネイル画像
墨香画譜は<巻1 山水>・<巻2 蘭竹梅など>・<巻3 花卉盆栽鳥虫類>・<巻4 果菜茶器類など>の4冊揃いのもの。「第一号」と書かれたものは、この段階ではまだ 正式な名称が決まっていなかったようだ。 その3; 「壬午初春 墨香画譜第貮集 讀畫廬」 と …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1910.htm
自身の蔵書のうち300冊を「天香園文庫 注10」と名付け、天理大学附属図書館に寄贈 した。博物学に興味を持つ森琴石は、その方面の人物とも交流があったようだ。明治20 年「樵石壽」の名で、極彩色で蝶々などを描いた、虫類・爬虫類、両性類等の精密画11  …
https://www.morikinseki.com/chousa/h1901.htm
田中芳男」書誌類=雅友・知友「田中芳男」をご覧ください 「田中芳男」による博物譜、 図鑑、田中芳男の事績は、 … 森琴石が精密に写した「鳥類・虫類・植物」の下絵や画稿 と思われるものが遺されている 注2。 □. 森琴石の周辺には「岡 不崩」や「前田吉彦」、「

 

 

 

 

 

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森琴石「蛙の図」…『題画詩集』より

2020年6月11日 更新

 

新型コロナウィルス感染症拡大で、長きに亘る自粛生活が続きました。
皆さま方におかれましては安全にお過ごしになられましたでしょうか?

緊急事態宣言が解除され、ほっとしたのも束の間、鬱陶しい梅雨の時期となりました。

そこで ちょっぴりほのぼのとする森琴石の画をご紹介させて頂きます。

銅版袖珍本『題画詩集』シリーズから「蛙の図」銅版画2点です。

 

題画詩集は
森琴石三大著書の一つで、大ヒットした書誌です

 

森琴石HP、ブログでも多数とり上げています
例 ホームページ

調査情報平成18年11月

ブログ
What’s New? https://blog.morikinseki.com/

   2014年7月9日更新分 https://blog.morikinseki.com/?p=1713

 

森琴石の「蛙の図」

『題画詩集』シリーズ より2点

題画詩集 新編墨場必携 森琴石編輯

発行  明治12年11月21日
編輯  森琴石
出版  北村宋助 吉住音吉

同13年6月8日翻刻御届:同年7月刻製
発兌=翻刻人-石田才次郎(京都)
縦8.4cm X 横6.0cm

題画詩集 表紙・帙  明治12年 奥付
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↓ 栞石刻とあり 

題画詩集(M12)続編 蛙

2『墨場必携 題画詩集 森琴石編輯』
発行  明治14年4月16日
 編輯  森琴石
 出版  辻本慎太郎
 発兌  青木恒三郎
 サイズ 縦9.3cm x 横6,6cm

新編墨場必携 表紙・帙   明治14年 奥付


(金)冬心先生筆意

新編墨場必携 4(M14)蛙

※金冬心
金寿門(金冬心・金農)=森琴石が尊敬した中国の書画家。揚州八怪の一人

以下、コトバンクより転載
中国,清朝中期の書画家。浙江省杭州の人。字は寿門。号は冬心,司農,稽留(けいりゆう)山民,曲江外史など多数ある。考証学者の何焯(かしやく)に師事して金石を研究し,30歳ころより地方を行脚して刻石拓本を収集した。のちにしばしば揚州を訪れ,晩年はそこに定住した。揚州八怪の一人。書は漢隷をもとに独特な方形の書体をつくり,画もまた花卉(かき)雑画を古拙な画風で描き,八怪の他の画家に影響した。50歳ころより始めた墨梅がすぐれ,代表作に大作の《墨梅図》四幅対(1636,ニューヨーク,翁万戈氏蔵)ほかがある。…

 

森琴石ホームページ内記載カ所

https://www.morikinseki.com/chousa/h2203.htm
サムネイル画像
今月の話題. 【1】森琴石旧蔵品: 1: 森琴石小画帖より ・・・・・「金寿門」の名があるもの: 金寿門(金冬心・金農)=揚州八怪の一人: 2: 瞿応紹(瞿子冶)の作品・・・・茶壷(竹図) & 掛け軸(竹、竹石図). 【1】 …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2110.htm
サムネイル画像
平成20年2月【2】注4,5」でご紹介した、金冬心(金寿門)・胡公寿・張子祥・倪旭華・ 楊伯潤・柳華廬逸史らの名がある小画帖は「森琴石は、実際に中国に行っていたのでは ?」と、日中の見識者からご見解を頂いています。中国好きの森琴石が中国に渡ってい た …
https://www.morikinseki.com/chousa/h2002.htm
書画人は金冬心・金寿門・胡公寿・張子祥・倪旭華・楊伯潤・柳華廬逸史など。上海で写 したという書画人の落款がある。その続きには森琴石が描いた「雲根(石)図」が続く。 ◇ . 村田香谷の名がある、森琴石の<控え録>及び、「書画名器 古今評伝 3冊」などの …

 

 

 

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2020年2月24日…森琴石の命日。没後99年になります。

2020年2月24日 更新

 

2020年2月24日
森琴石没後99年になります

 

ウィキメディアの「森琴石」の末尾の文章、
大正10年(1921年)78歳で没した。墓は当初安治川の墓地(場所不明)に葬られたが、後に四天王寺に移された」は、間違っています。

正確には、森琴石の墓所は「四天王寺」です。
安治川は養子先の森家が家業を営んでいた地名で、墓所では有りません。
因みに江戸末期~明治中頃迄の森家の森家の墓所は「西九条墓所」にありましたが、災害で壊滅したそうです。その後明治39年7月に森琴石が、四天王寺に新たな墓所を構えました。
下に画像を添えてご紹介させて頂きます。

 

森琴石の墓碑

森琴石の生没年=天保14年3月19日誕生~大正10年2月24日(1843~1921)

場所=四天王寺 霊園 大阪市天王寺区)
建立年=明治39年7月
建立者=森琴石

 和宗総本山「四天王寺」は、推古天皇元年(593)に聖徳太子によって建立された日本で最初の官寺です。

 

森家墓碑
先祖塁代墓 森琴石(※建立者)

森琴石の墓 前綿
墓地の周囲は、堅固な鉄柵で囲われていたが、戦時中に行われた金属回収令により供出

墓碑裏面=明治39年7月建立    墓碑左側面=森琴石と妻ヤスの戒名
ヤスは琴石3番目の妻で、琴石を最後まで世話した
(ヤスは福井県鯖江出身、琴石との間に子が無い)

森琴石墓=明治39年7月建立      森琴石と妻ヤス

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四天王寺以前の墓所=西九条墓所(大阪市西区=洪水で壊滅)

西九条墓所の資料
森琴石養父 森 猪平の葬儀録よ

(通称 善蔵=2代目森善蔵)

安政四丁巳年八月十日辰□下刻往生(1857年)
翌十一日正□未時西九條墓所葬送
釈立教葬式一件
俗名猪平
行年四十七■

森猪平葬儀(森琴石養父・安政4年8月10日)
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森琴石長男森磐之助の葬儀録 より

明治三庚午年四月十日午中刻往生 (1870年)
同日申中刻西九条墓所江葬送
釈了純葬式書類
同年三月六日卯下刻誕生
俗名 磐之助 当歳

森琴石長男磐之助葬儀(明治3年4月10日)
注・森琴石の最初の妻「啓」の長男(養父 猪平の一人娘)。
  磐之助は、誕生後1か月余で没する
  尚妻「啓」は、出産直後に死亡した。

 

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森家森琴石HPでの記述箇所
生家と森家
     森琴石調査情報【平成16年 2月】
 森琴石調査情報【平成18年 5月】
 森琴石調査情報【平成19年 7月】

尚、大正12年時の戸籍謄本では
森猪平の住所は「東區伏見町三丁目三番屋敷」となっています

 

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 来年2021年は、没後100年となりますが、行事の予定はしていません。
2021年5月頃、日中2名の学者により、論文が発表されます。
 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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