What’s New?  について

[森琴石]のホームページをCD化するに当り、最後のまとめにとりかかりたいと思います。

索引の充実及び画家系図のやり直しと並行し、諸情報のお知らせについては、平成23年12月より[What’s New?]からご覧頂きたいと思います。

 [森琴石]の調査を開始してから13年経ちましたが、その過程に於けるさまざまなエピソードや苦労話などを、記録として残す必要があるとのご意見を頂戴しています。
調査情報ではお伝え出来なかった内輪的な事にも少々触れてみたいと思います。

ブログ形式の操作に不慣れな為、画像やイラストの挿入などがまだ出来ません。
徐々に覚えていきますので気長にお付き合い下さい。       2011年12月5日  筆者

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「住吉図」の下絵(森琴石)⇒ 四代目「竹本住大夫」の 辞世の句を入れ、版画となる

2022年11月25日 更新

 

森琴石の交友の広さを知る資料

 

森琴石
4代目  竹本住大夫「追善する刷り物」画を描く

 

 

竹本 住大夫(たけもと すみたゆう)は、義太夫節の太夫。
7代を数える。

芸名の由来は初代の出身地であった摂津国住吉に由来する。(ウィキペディア=竹本住大夫 – Wikipedia

 

 

森琴石下絵「住吉図」

(39,8㎝x51.8㎝)

 

モノクロ写真をコピーしたもの

版画の下絵=住吉図(4代目竹本住大夫ノ辞世の句が版画には入る)
        ⇓ 

木版 画=四代目竹本住大夫 追善版画

明治23年 ・ 38.5cmⅹ51.5cm(下絵もほぼ同寸)
(画像は後日削除の可能性があります)


版画 竹本住大夫 辞世の句入り 森琴石画

 

四代目竹本住大夫について

竹本 住太夫(4代目)

職業:義太夫節太夫(文楽)
専門:人形浄瑠璃
本名:竹中 喜代松
別名前名=竹本 田喜太夫
生年月日:文政12年
出生地:紀伊国田辺(和歌山県)
経歴
4代目竹本内匠太夫に入門。のち3代目竹本長門太夫の預り弟子になり、
安政7年(1860年)1月4代目竹本住太夫を襲名
盲目の美声で鳴らし、「大文字屋」「阿波の鳴門」などの世話物を得意とした。
明治17年文楽座から彦六座へ移り、三味線方・豊沢団平らと彦六座全盛期を築いた

没年月日:明治22年 1月22日 (1889年)

(『新撰 芸能人物事典 明治~平成』・ウィキペディア など)

 

歌舞伎役者と森琴石
「嵐 璃寛}

www.morikinseki.com › chousa

2008/05/25  「嵐璃寛」は、明治27年5月21日に亡くなった。6年後の法事に配られた「第四世嵐璃寛 七回忌追善句集」は、表紙には<森琴石筆 観音図>で飾 …

 

四代嵐璃寛 追善句集
表紙 森琴石筆「観音図」

22.0cm x 56.0cm
表紙 森琴石筆「観音図」
5世嵐璃寛
庚子春日 琴石寫
www.morikinseki.com › chousa

サムネイル画像

先月度でご紹介した、大阪の歌舞伎役者”四世 嵐璃寛”の実父である”三世 嵐璃寛”の父は、”生島岩五郎”という旅役者だった。”三世 嵐璃寛”は、最初2代目尾上多見蔵の …
(生島恒次郎については 森琴石刻『高知県管内阿波国改正図』原図者は徳島の漢学者 | 森琴石 What’s New (morikinseki.com) 

 

森家には
能楽師を描いた下絵が多数あり、
美しい彩色の かなり大きな下絵が存在する

 

 

 

 

 

 

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熊本県立図書館…赤星家文書 [響泉堂出版] ・・・8点所蔵

2022年9月23日 更新

 

熊本県立図書館
赤星家文書
・・大阪響泉堂出版  点所蔵

熊本県立図書館
『掌中四声玉編』1878年、384頁)も所蔵

 

森琴石と熊本県(今後の課題)

 

赤星家 赤星 陸治あかほし りくじ)について

(1)
日本紳士録 (第8版 [昭和3(1928)年7月] の情報)

赤星陸治(あかほし りくじ)
君は熊本縣八代郡の舊家にして御總庄屋と稱せる豪家下山群太の二男なり
明治七年一月を以て生れ同縣士族赤星家の養子となり
同三十五年家督を相續す
同三十四年東京帝國大學法科大學政治科を卒業し
三菱合資會社に入り 小岩井農場長地所部長 總務課長兼理事を經て參與に擧げられ
現に地所部長の職に在り
家族は尚三男連三(明四三、四生)四男久禮男(同四四、一二生)三女千賀子(大四、三生)あり

(2)ウィキペディア より
赤星陸治(あかほし りくじ)
1874年1月9日- 1942年3月28日
日本の実業家。
三菱財閥に入社し、小岩井農場場長三菱地所社長・会長などを務めた。
多彩な趣味を持ち、剣道、弓道、尺八、俳句などを嗜んだ。
俳句については内藤鳴雪、高浜虚子に師事し、「水竹居」の俳号をもつ。
陸治の生家は息子によって鏡町に寄贈され、現在赤星公園として残っている。公園内にある「六角堂」は陸治が妻の死を受けて建立した観音堂で、鏡町の指定文化財となった。

 

赤星(あかほし)氏
日本の氏族のひとつ。 中世に肥後国菊池郡を本拠とした国人領主の一族である。 菊池氏の一族で、菊池武房の弟の赤星有隆を祖とし、隈部氏、城氏と共に菊池氏の三家老家の一つ。 家紋は菊池氏と同じく並び鷹羽。
家祖: 赤星経俊、赤星有隆
出身地: 肥後国菊池郡赤星
著名な人物: 赤星統家
本姓: 菊池氏流
(ウィキペディア)

 

★雲林院 蘇山(うじい そざん)

南画同志会…メンバー(森琴石とは同志)

『画家小伝』より
雲林院蘇山先生 (熊本)七十六歳
先生は熊本の人 幼より畫を好み木下逸雲に師事し後ち筆を携えて各地を漫遊す
足跡の印する所全国に普く 故川田日本銀行総裁の知遇を得て岩崎久彌本邸に留り
東都上流縉紳の為め艶麗の筆を揮うこと十数年
近時熊本の敷居旧居に帰臥して全く世故と断ち専心画筆に親しめり
昨夏 伏見宮殿下の特命検閲使として熊城に駕を駐めらるるや
殿下親しく先生の画筆を愛せられ数葉の揮寫を命ぜらる
実に老熟錬磨の筆緻は坐ろに人をして美に酔はしむるものあり
亦た逸品たるを失わず
(『画家小伝』=小倉市大阪町8丁目 南画同志会蔵版 明治44年2月版 非買品
   『画家小伝』は、世間で知られていない貴重な情報が記述されています


岩崎久弥=岩崎弥太郎の長男、三菱財閥の三代目総帥となる
川田小一郎=
[1836~1896]実業家。土佐の人。岩崎弥太郎が創立した九十九(つくも)商会(後の三菱商会)に幹部として参加、鉱山事業を統括し、三菱財閥創業期の功労者として活躍した。後に日本銀行総裁に就任して強い指導力を発揮、「日銀の法王」と呼ばれた。また高橋是清を登用するなど、人材の育成にも力を注いデジタル大辞泉

 

★森琴石周辺に
浮田和民、亀山 昇 の存在

●浮田和民(うきた かずたみ)
日本の思想家・政治学者。法学博士、早稲田大学高等師範部長。同志社英学校最初の卒業生。熊本バンドの一人。 軍人の石光真清、石光真臣兄弟は従兄弟にあたる。和民の母は栃原知定の姉、先妻・末、後妻・五女は共に下村孝太郎の妹である。長女・操は原安三郎の妻、次女・恵美子の子は若林貴世志、三女・東子の子は浮田克躬。 
(ウィキペディア)

森琴石HP
森琴石塾生「河村学而」=成瀬仁蔵の妻の叔父 | 森琴石 What’s New (morikinseki.com)

●亀山 (かめやま のぼる)
熊本バンドの一人。 肥後国八代に生まれる。熊本洋学校時代に1876年1月30日に花岡山の奉教の誓いに加わる。4月にL.L.ジェーンズより洗礼を受ける。同年9月に同志社英学校に入学する。12月に西京第二公会に金森通倫と徳富猪一郎、上原方立と一緒に入会する。 (ウィキペディア)

※浮田和民、亀山昇…共に熊本洋学校出身、熊本バンドの一員

熊本バンド
明治初期に熊本洋学校の生徒が結成したキリスト教徒のグループ。米国人教師ジェーンズの感化を受けた海老名弾正徳富蘇峰ら35名が明治9年(1876)、熊本城外の花岡山に集い、信仰を守り広めることを誓約した。後、その多くが京都の同志社英学校に移り、熊本バンドと呼ばれた。横浜バンド札幌バンドと並んで日本のプロテスタントの三大源流の一つとされる。(
デジタル大辞泉)

亀山昇については、12月頃、別途資料でご紹介の予定です

 

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熊本県立図書館
赤星家文書・・・響泉堂出版分

―以下は 熊本県立図書館 蔵書検索結果のデータを使用させて頂きました―
(年代と文書番号の順序の内 ⑤と⑥は一致しないようです)

ご参考
[序言] 十九世紀熊本藩住民評価・褒賞記録「町在」解析目録 (kumamoto-u.ac.jp)

 


永田氏改正暗射訳図(大阪書林 岡田蔵)[古]
出版:大阪響泉堂
 1875年 
 (赤星家文書
一枚
71×93㎝


褒賞状[古]
出版:大阪響泉堂
1887年 
 (赤星家文書 ; 658) 
 1通
22.9×30.9㎝ 
熊本県士族 赤星五郎八宛


褒賞状[古]
出版:大阪響泉堂
1891年11月
(赤星家文書 ; 659)
1通
22.6×30.7㎝
熊本県士族 赤星モカ宛
(明治24年9月暴風の際、罹災者へ精米二斗救助の件)


褒賞状
[古]
出版;大阪響泉堂
1892年10月
(赤星家文書 ; 660)
1通
22.7×30.8㎝
熊本県士族 赤星モカ宛
(尋常文政小学校新築費寄付の件)


褒賞状 [古]
出版;大阪響泉堂
(赤星家文書;662)
1895年9月
22.8×30.8㎝
熊本県士族 赤星もか宛
(明治28年7月暴風雨ノ際八代郡文政村罹災ノ窮民救助米施与の件)


褒賞状 [古]

出版:大阪響泉堂
1896年3月
 (赤星家文書 ; 661)
1通
22.8×30.8㎝
熊本県士族 赤星モカ宛
(明治27、8年戦役従軍者家族中窘窮ノ向賑恤金差出の件)


褒賞状 [古]

出版:大阪響泉堂

熊本県知事大浦兼武著
1897年4月
 (赤星家文書 ; 644)
1通
28.0×20.3㎝
赤星茂賀宛
(明治27、8年戦役ノ際軍用品献納)


褒賞状 [古]
出版:大阪響泉堂

1900年12月

赤星家文書
1通

22.7×30.8㎝
熊本市士族 赤星もか宛
(明治30年10月慈恵救済資金寄付の件)

 

 

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永田氏改正暗射地球訳図

●横浜市立大学学術情報センターの画像をご覧ください
永田氏改正暗射地球訳図 | 横浜市立大学所蔵の古地図データベース | 横浜市立大学学術情報センター (yokohama-cu.ac.jp)

●森琴石HPでは多数取り上げています
森琴石 調査情報【平成17年 1月】 (morikinseki.com)

 

雲林院 蘇山

戸田葆堂の日記に名が出る
戸田葆堂 とだほどう(1851~1908) (shiki-cogito.net)
『問鶴園遺稿』
大正5年1月1日 戸田葆堂著; 木蘇岐山點定; 牧野鐵九郎編輯
.問鶴園図(森琴石 画)葆堂肖像(大橋翠石 画)他)
.. 明治三十六年癸卯六月十四日 時季五十三 葆堂戸田光 … 三月二十七日:雲林院(ウジイ)蘇山來訪。

大浦兼武(おおうら かねたけ)
官僚、政治家。薩摩藩(鹿児島県)出身。警察畑から昇進し、山県有朋系の官僚として警視総監、各省大臣を歴任。大正四年(一九一五)、選挙干渉と議員買収事件を追及されて引退。嘉永三~大正七年(一八五〇‐一九一八)
(精選版 日本国語大辞典)

 

 

 

 

 

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神戸市北長狭通五丁目 手合方ニテ 森本荘三郎様(篠山の名士)=森琴石 下絵にあるメモ

2022年9月18日 更新

 

神戸市北長狭通五丁目 手合方ニテ 森本荘三郎様
(篠山の名家)=森琴石 下絵にあるメモ

 

ミニ情報
某オークションサイト

貫名海屋(菘翁)の書
・・・・森琴石の箱書き(明治30年)
箱書き依頼者=森本荘三郎氏=篠山の名家

 

貫名海屋(菘翁)=森琴石師匠「忍頂寺静村」の師匠

778‐1863(安永7‐文久3)江戸時代の儒者,書画家。本姓は吉井,名は直知また苞。字は子善また君茂。林屋,海屋,海叟,海客,菘翁(すうおう)などと号した。阿波徳島藩士の家に生まれる。大坂に出て儒学を中井竹山に学び,のち京都で須静塾を開いた。書名は高く,晋・唐の法帖(ほうじよう)を臨摹(りんも)し,また平安期の名跡を学んで古雅秀麗な書風をつくり,幕末を代表する能書の一人となった。また少年時代から画を好み,はじめ狩野派を学んだが,のちに長崎に遊学し鉄翁について南画を修得。
(世界大百科事典第2版)

 

 

森本荘三郎
篠山町河原町出身、元代議士、元県会議員、元町長。
森本正一の厳父で篠山町振興のため多大の努力を払った人。

出典=郷土事典篠山尋常高等小学校郷土教育研究会 編篠山尋常高等小学校郷土教育研究会 1936
p、488、499

 

ご子息
森本正一氏

森琴石遺墨展に「小屏風2点」展示

 

森家資料
森本荘三郎の名前メモあり
・・・神戸市北長狭通五丁目 手合亭ニテ 森本荘三郎様

 

手合亭(てあいてい)
●神戸随一の料理店、宿屋
●政、治財界人、文人が良く利用した
●民主主義運動の寄り合いの場でもあったらしい
●孫文も利用した
孫文(孫中山)を歩く 神戸編 -1- (tokyo-kurenaidan.com)

 

 

 

貫名海屋の書(概要)
森本氏秘蔵・真蹟
壬辰(明治30年)琴石杜熊 南丹篠山木蘭居

(箱書きの画像は削除する可能性があります)

 

森家資料
    下絵の端のメモ

 

神戸市北長狭通五丁目
手合亭ニテ 森本荘三郎様

 

『森琴石翁遺墨帖 乾坤』について

森琴石「響泉堂」 森琴石紹介 Mori Kinseki | ―南画編― 昭和時代

『森琴石翁遺墨帖 乾坤     遺墨帖目次 右頁 第32、33…森本正一氏蔵

  

第32 「山水人物花鳥」小屏風  森本正一氏蔵

第33 「山水人物花鳥」小屏風  森本正一氏蔵

 

 

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