「中国近代絵画と日本」展

2011/12/10更新

 

中国近代絵画と日本」展

 

会期:2012年1月7日(土)~2月26日(日)
場所:京都国立博物館・特別展示館

展示作品紹介 (以下京都博物館HPより転載)
中国の近代を中心に活躍した呉昌碩、斉白石、高剣父、徐悲鴻等の絵画作品を、当館が近年受贈した須磨コレクションを中心に展示し、その多彩な展開を追います。西洋の近代物質文明の衝撃は、旧態依然とした中国の社会全体を揺さぶり、変革を促しました。近代画壇における改革のリーダーとなった陳師曾、高剣父、徐悲鴻等は日本との関係が深く、中国絵画の近代化に果たした日本の役割は決して小さくありません。この展覧会をとおして近代における日中文化交流の一面を理解して頂ければ幸いです。

                                                                                                                                                                

第一章
筆墨の交歓:清末民国初期の海上派と京阪神の文人たち
王冶梅(おうやばい)・胡鉄梅(こてつばい)と森琴石(もりきんせき)、呉昌碩と長尾雨山(ながおうざん)・富岡謙蔵(とみおかけんぞう)等の交流を中心に、清末民国の上海に集う海上派(かいじょうは)の書画家たちと日本の京阪神の文人たちとの緊密な関係を扱い、西洋的近代化を迫られる中で、中日の書画壇が互いに影響を与えあった状況を明らかにします。

第二章
美術による革新:中国絵画の近代化と日本
 近代西洋画との邂逅により、「美術」という新たな概念が日本で生まれた後、洋画を取り込んだ新様式として定着した日本の「美術」が、画家の往来や展覧会等により、中国にも波及してゆく状況を、京都の日本画家・竹内栖鳳(たけうちせいほう)や山元春挙(やまもとしゅんきょ)の作品と、広東出身の高剣父、高奇峰(こうきほう)、陳樹人(ちんじゅじん)等の作品を比較し、さらには金城(きんじょう)、陳師曾(ちんしそう)等、中日絵画聨合展の企画に参画した画家たちの作品をとおしてお見せします。

 
第三章
海派と京派:上海・北京二大都市の画壇とその展開
 ここでは、1930年代前後、上海と北京という中国の二大都市において、水墨技法という中国の伝統的な絵画様式を用いる国画(こくが)の中心人物として活躍した呉昌碩と斉白石を採り上げ、その近代性の本質と彼らの国際的な評価の形成の上での日本との深いつながりを探ります。

 
第四章
油画と国画:拡がる絵画表現と日本

第四章では、洋画の日中交流を採り上げます。日本の美術学校に留学して、油彩技法を学んだ陳抱一(ちんほういつ)、日本で個展を開いた劉海粟・王済遠(おうさいえん)、学画の初期に日本に遊んだ徐悲鴻等、当時の中国洋画壇と日本との関係は深く、中国で出版された洋画の歴史や技法に関する教科書も多くは日本の書物からの翻訳引用です。
 劉海粟や、徐悲鴻は洋画ばかりでなく、国画をも得意とし、両方の分野で新風をもたらしました。また戦争をはじめとする現実の世界に素直に眼を向ける写実的な姿勢も中国近代絵画の特色といえます。
             
                      
以上


森琴石に関する展示について                                        多数の中国と日本の著名書画家の作品に混じり、森琴石の作品や資料が、展示される事になりました。
森琴石関係のものは、森琴石が交流した「王冶梅(おう やばい)」との関係を示す作品・資料が主に取り上げられました。

★衛鋳生(清)、胡鉄梅(清)、石橋雲来(日本)、陳曼寿(清)らが跋文を揮毫した森琴石の「月ヶ瀬真景図」
★森琴石への為書(ためがき)のある、王冶梅&胡鉄梅の合作画、
★王冶梅が題字などの揮毫を寄せた森琴石著編『新編 墨場必携題画詩集』、『皇朝清国 名家画帖』、響泉堂刻・森琴石挿画『書画題跋 落款自在』(行徳玉江編)、<王冶梅が森琴石に宛てた手紙>等、計6点展示されます。

覧会の図録の論文中には<王冶梅が森琴石に宛てた手紙>が全文紹介されます。

 

メモ
◆森琴石と中国文人との関係については、国文学研究資料館準教授の「陳 捷(ちん しょう)」氏が、ご自身の豊富な学識や収集資料に基づき、2009年9月『中国──社会と文化』第24号(中国社会文化学会』 で、「1870~80年代における中国書画家の日本遊歴について」と題し、その中で<森琴石と中国文人との交流>について論述されています。
現在、陳氏は、森琴石も含む当時(明治期)の書画家と中国書画家と交わした書簡や筆談を翻訳中、近年中にはそれらを纏め
1冊の学術書として刊行される予定です。 

エピソード                                                                  ◆平成16年夏、東京大学大学院 総合文化研究科の準教授「斎藤希史(さいとう まれし)」先生から森琴石の存在を知ったとして、若き女性の学者「陳 捷(ちん しょう)」先生から森家に問い合わせがありました。                                                        ◆4か月後の平成16年12月には森家に調査訪問に来られました。
翌日には森琴石の作品が多数収蔵されている「神戸市立博物館」への調査に同行致しました。                                                                        
◆それから2年後の7月、胡鉄梅の墓参をした折、神戸華僑歴史博物館から中華街を経て、胡鉄梅とその妻が最後に過ごしたという町、どの辺に住んでいたのかな?と、神戸の花隈街をぐるぐる歩き周りました。                                                                                   ◆翌年の梅の咲く頃、雪の舞う寒い3月のある日、奈良は月ヶ瀬の「騎鶴楼」を訪問、多くの貴重な作品や資料を拝見、その後は資料館を訪問、森琴石の親友「村田香谷」の画を興味深く拝見した事も、今では思い出深いものとなりました。                  

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