田結荘千里(清国上洋詩)&森琴石(江山帰隠図=明治3年・響泉・金石) =今後の貴重な資料

2023年6月19日 更新

 

2021年10月に某オークションで取得した作品に
今後の調査に重要と思われる資料がありましたので、簡単にご紹介させていただきます。

 

合装書画

田結荘千里・・・詩文「清国上洋詩」
森琴石・・・・・山水図「江山帰隠図」

★田結荘が中国で詠んだ詩文に
森琴石が画を添える

…サイズ 本紙31cm×28cm 総丈142cm×44cm
…材質   紙本竪幅
…年   明治3年
…号   金石
…場所  響泉
…箱書き 大正5年

着目点
森琴石と{号金石}…金石は明治4年頃まで使用
銅版画工房{響泉堂}の由来となった場所で描いた
森琴石と来舶清人、清国に渡航した文人墨客との関係

 

田結荘千里(たいのしょう ちさと)
没年:明治29.3.28(1896)
生年:文化11(1814)
幕末の洋式兵学者,蘭学者。大坂生まれ。諱は邦光,通称を斎治,千里は号。天保8(1837)年大塩平八郎の乱に連座して獄につながれた。許されたのち西洋画を学ぶため長崎に赴いたが,たまたま堂々たるオランダ船が港に入るのを見て,男子たるもの絵筆をとるべき期にあらずと筆を投げ捨て,品川藤兵衛に就いて蘭学を学び,次いで熊本に池部啓太を訪ねて洋式兵学を修得した。嘉永1(1848)年大坂に帰って洋式砲術を教える。啓太から伝えられた『万動理原・打着表』に『弾丸装薬二表用法』を合わせて『桑土蒭言』を刊行。
出典=朝日日本歴史人物事典

 

 

画像

 

田結荘  千里
「清国上洋詩」

注:翻刻は差し控えます

森琴石
江江山帰隠

庚午復月写於響泉楼上
金石逸民

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画像=オークション出品者

 

 

 

 

 

 

 

 

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