2022年11月25日 更新
森琴石の交友の広さを知る資料
森琴石
4代目 竹本住大夫を「追善する刷り物」の 画を描く
竹本 住大夫(たけもと すみたゆう)は、義太夫節の太夫。
7代を数える。
芸名の由来は初代の出身地であった摂津国住吉に由来する。(ウィキペディア=竹本住大夫 – Wikipedia)
森琴石下絵「住吉図」
(39,8㎝x51.8㎝)
モノクロ写真をコピーしたもの
木版 画=四代目竹本住大夫 追善版画
明治23年 ・ 38.5cmⅹ51.5cm(下絵もほぼ同寸)
(画像は後日削除の可能性があります)
◆四代目竹本住大夫について
竹本 住太夫(4代目)
職業:義太夫節太夫(文楽)
専門:人形浄瑠璃
本名:竹中 喜代松
別名前名=竹本 田喜太夫
生年月日:文政12年
出生地:紀伊国田辺(和歌山県)
経歴
4代目竹本内匠太夫に入門。のち3代目竹本長門太夫の預り弟子になり、
安政7年(1860年)1月4代目竹本住太夫を襲名。
盲目の美声で鳴らし、「大文字屋」「阿波の鳴門」などの世話物を得意とした。
明治17年文楽座から彦六座へ移り、三味線方・豊沢団平らと彦六座全盛期を築いた。
没年月日:明治22年 1月22日 (1889年)
(『新撰 芸能人物事典 明治~平成』・ウィキペディア など)
歌舞伎役者と森琴石
「嵐 璃寛}
先月度でご紹介した、大阪の歌舞伎役者”四世 嵐璃寛”の実父である”三世 嵐璃寛”の父は、”生島岩五郎”という旅役者だった。”三世 嵐璃寛”は、最初2代目尾上多見蔵の …
(生島恒次郎については 森琴石刻『高知県管内阿波国改正図』原図者は徳島の漢学者 | 森琴石 What’s New (morikinseki.com)
(生島恒次郎については 森琴石刻『高知県管内阿波国改正図』原図者は徳島の漢学者 | 森琴石 What’s New (morikinseki.com)
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森家には
能楽師を描いた下絵が多数あり、
美しい彩色の かなり大きな下絵が存在する