2026年2月1日
森家身内の写真
…濱崎家と杲田家(こうだ家)の婚礼写真
上段右端=副島種臣 上段右から4人目=森雄二(森琴石の長男)
下段真ん中…杲田美稲・キヤウ 下段左から二人目=加納治五郎か?
・森琴石の近親者には株式や米などの相場関係者が多かった
・濱崎榮三郎=堂島米穀取引所第8代理事長
・濱崎健吉=堂島米穀取引所第13代理事長
・杲田美稲=茶器など美術品の骨董商を経て濱崎商店の後継者となる(濱崎の娘キヤウを妻とする)
美稲は、森琴石日記に頻繁に名が出る=例…中御門男爵・関山盛利・岡田播陽・朝翠堂・和田十宜堂・梅丈園、鑑定(野呂介石・岡田半江・森琴石)&揮毫&箱書依頼、画会、盆栽会など(森琴石の日記:明治45年 5月7日-12日) | 森琴石 What’s New
・杲田家、嘉納家
森琴石孫「井上 保」氏からの情報…森琴石の3人の妻(その1)https://blog.morikinseki.com/archives/1086
森琴石 調査情報【平成23年 3月】 【3】
・検索結果 : 竹原友三郎 | 森琴石 What’s New 竹原友三郎=両替商・仲買商
・浜崎永三郎 ー大阪株式取引所理事長ー | 近代名士家系大観
森家の絵葉書 2点
詳細不明
上:ナイアガラの葉書 森雄二〜森琴石宛
下:メキシコから? 北村氏〜森梅子宛
北村氏=森琴石3人目の妻ヤスの甥(銀行勤務)
梅子=森琴石長男 森雄二の妻
梅子=佐賀入江家=森琴石「響泉堂」 森琴石紹介 家族・係累(係累)
森雄二…森琴石 調査情報【平成20年 8月】
森琴石孫「井上 保」氏からの情報・・・森琴石の二人の子供 | 森琴石 What’s New
森琴石控え帖
森琴石…自歴
・・・17歳で傑作を描いた…とあり
・藤 野田村=現大阪市福島区=森琴石の養子先が近隣
・極楽寺には現在森琴石の作品は無いとの事
森琴石日記
…明治45年5月29日・30日
・・・大隈重信夫妻が記載
・・・大隈重信の執事「入江俊次郎」の長女「兔免(うめ)」が森雄二(森琴石長男)の妻となった
森琴石 作品受注録
・…右端枠外上 明治30年 岐阜県妻木市安藤家より「群花双鶏図」の依頼を受ける
森琴石「響泉堂」 解説 美濃焼と森琴石をご覧ください
・同名の作品は、2024年、大阪中之島美術館「大阪の日本画」展に出品されました
大阪中之島美術館「大阪の日本画」…森琴石の作品「月瀬真景図」など 4点展示(入れ替えあり) | 森琴石 What’s New
筑前小倉間部藹山の名(下方に情報) ↓ ↓
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- 間部霞山について
・間部霞山=間部萬里(万里)
・南画同志会の主催者
森琴石 画家小伝(がかしょうでん)をご覧ください…間部霞山による巻頭言
▲「海關先生詠物詩集」
(橋本海関が南画同志会入会記念に刊行されたもの)
橋本徳著 ; 間部萬里校正
出版地 小倉
南画同志会
出版地 広島
出版社 南画同志会
「海關先生詠物詩集」は大阪中之島図書館、大東文化大学 図書館、石川県立図書館 - 注目:橋本海関と南画同志会の関係性
■橋本海関は、儒学者であり教育者、書家、詩人として知られ、日本画家の橋本関雪の父親
明石藩の藩校である敬義館で漢文教師を務めた。江井島郷校でも教鞭を執り、教育者として活躍した。父方が剣術師範、母方が儒家の家系。自身も文武に励んだ。
神戸に居住後、清国をはじめとする諸外国の人物と交流。郷土史研究にも力を入れ、
「明石名勝古事談」など多くの著作を残した。
深く味わいのある書画作品を多く残した。
家族 妻はフジ。息子である橋本関雪には幼い頃から漢学を教えた。
昭和10年(1935年)に84歳で亡くなった。
- 間部霞山について
森琴石ホームページ 調査情報に記述があります。
https://www.morikinseki.com/chousa/h1707.htm
響泉堂刻「漢史一斑字引大全 橋本小六編纂 2冊」
(橋本海関著・明治15年・船井政太郎刊)がある。
松山晩翠について
(本名勇助、勇介、勇輔 など)
喜寿祝賀会 森琴石 調査情報【平成20年 10月】
松山晩翆=森琴石「響泉堂」 門人(門弟)紹介–近畿地区 大阪府【市内:北区・東区・西区】
・森琴石の
<喜寿祝賀会>で米田如山と共に幹事総代を務めた
↓
・盲亜学校の校長を務める
・狩野派の画家で「狩野永春」に学ぶ。
・他の幹事総代「米田如山」については 依然不明
狩野永春
狩野永春(200年前)
画家なり、俗姓佐々原氏歟、詳ならず、狩野永眞の門人なり、永眞の子時信早世し、嫡孫幼なりしかば、永春其後見を賴まれ永叔成長の後、帰国するに当り、数年の功により、狩野氏を称することをゆるされたりという、(三曉庵談話。古書備考)
※出典『日本画家大辞典』 沢田章編 啓成社 1913年
他に
「三十幅45-46」(次世代デジタルライブラリー)によると
佐古原狩野永春事狩野泉真弟子 とあり
注 狩野泉真について(グーグルAIモード)
狩野泉真(かのう せんしん)は、江戸時代後期から幕末にかけて活躍した狩野派の絵師です。
主に津山藩の御用絵師を務めた家系に属し、如泉(じょせん)という名でも知られる人物です。
主な経歴・特徴
・出自・改名: 本名は金田外内。後に瀧波家の養子となりました。
・活動・名号: 如泉(じょせん)と名乗り、狩野派として活動しました。
・作品: 津山郷土博物館の資料によると、狩野如真(完信)の作品群の中に「如泉」としての作品も存在しており、津山藩の絵師として活動していた記録があります。
※狩野派には多くの「泉」を含む名を持つ絵師(例:佐々木泉など)や、似た号を持つ者が存在しますが、上記は「津山藩の御用絵師」としての情報に基づくものです。
※お断り
文中 調査不測の為、誤りがある場合があります






